料理雑誌・編集長が語る、食業界の「作り手」と「伝え手」の思い
「食に携わる仕事」と聞くと、みなさんはどんな職業を想像しますか?調理士や管理栄養士といった「作り手」から、料理雑誌の編集者やグルメライターに代表される「伝え手」まで、ひとえに“食のプロ”と言ってもその業種は多岐にわたります。普段は自ら表に出ることの少ない「伝え手」たちは、その仕事にどのようなやりがいと喜びを感じているのでしょうか。クリエイティブ・フードマガジン『料理通信』編集長の君島佐和子さんに、お話を伺いました。
profile
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株式会社料理通信 編集長
君島 佐和子(きみじま さわこ)
『料理通信』編集長。1962年栃木県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇専攻卒。株式会社パルコ、フリーライターを経て、1995年『料理王国』編集部へ。2002年より編集長を務める。2006年6月、国内外の食にまつわる最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブ・フードマガジン『料理通信』を創刊。辻静雄食文化賞専門技術者賞選考委員、『AXIS』『&Premium』等で連載、著書に『外食2.0』(朝日出版社)。
「食は面白い」と気づいた瞬間に世界が開けた
―― 2006年の創刊以来、10年以上にわたって『料理通信』の編集長をつとめてこられた君島さんですが、そもそも食に携わる仕事に就こうと思われたきっかけはなんだったのでしょうか?
編集の仕事をすることになったきっかけは、新卒で入社した商業施設を運営する企業で流通業界向けの新聞の制作に携わったことでした。当時は、まったく食に関係のない分野の仕事をしていたわけですが、文春文庫ビジュアル版で刊行されていた『スーパーガイド 東京B級グルメ』という本がとにかく大好きで、新刊が刊行されるたびに欠かさず購読していました。このシリーズの本には食に対する独特の視点があったので、「食をこんな風に面白がることができるんだなぁ」と感心しながら読んでいた記憶があります。それからほどなくして会社を退職し、フリーライターとしての活動を開始したのですが、自然と興味が向くのは食関連の取材でした。
―― 君島さんにとっては、自発的に面白がることのできるジャンルが食だったということでしょうか?
そうですね。フリーライターをしていると、時事ネタから健康ネタまであらゆるジャンルの取材をこなすことになります。当然ながら、取材前には準備をしなければならないわけですが、そのテーマについてどこまで踏み込んで準備をするか、ということはライター自身の裁量に委ねられますよね。なかには特に面白みを感じないテーマもありましたが、私にとって食だけは自発的に楽しみながら関われるテーマだったように思います。そう気づいてからすぐに、ライターとしての自分の専門を食に絞っていこうと決めました。
―― 食を専門とする「伝え手」としてスタートを切る際に、具体的に何か行動を起こしたのでしょうか?
やはり専門にするからには、一から食について学び直す必要があるだろうと思いました。しかし、当時の日本の大学で食に関連する学科といえば、家政学科か栄養学科くらいしかありません。調理師専門学校という道もありましたが、いずれにせよこれらの学校で学べるのは「作り手」としての基礎。「伝え手」を目指していた私が学びたいのは、そのような実利的なことではなく食文化のような体系的な部分でした。結局、大学への進学は諦めて実地で学んで行く道を選び、1995年に料理王国社へ入社しました。食専門の編集者としてのキャリアのスタートは、ここからですね。
情報の川上に立つ編集者の矜持
―― 君島さんが編集長をつとめる『料理通信』は料理王国社のスタッフの方々が独立して創刊した雑誌ですね。のべ10年以上にわたって料理雑誌の編集をされてきたなかで、食業界にどのような変化を感じますか?
『料理通信』を創刊した2006年ごろから、食関係の仕事に就きたいと考える人が増え始めたように感じています。以前は調理師専門学校へ通うなどして既存のルートから食のプロになるケースが一般的でしたが、職業自体を自ら開拓していく人が増えました。
創刊号からの連載で「食の世界の美しき仕事人たち」と題した人物ドキュメントがあるのですが、そのシリーズで取り上げるのは、自分で仕事のレールを敷いていく人々です。既存の職業名では語り切れず、自分で肩書きを作ってしまうケースも少なくありません。フードコミュニケーター、フードディレクター、フードナビゲーター、カカオプランナー、ワインブロードキャスター……。もちろん職業としては元々あるものだけれど、選択する人が増えて注目を集めるようになった生業、たとえば日本ワイン生産者のような事例もあります。お店のスタイルが多様化したことや、いろんな営業形態が許容されるようになったこと、具体的には、イベントと店舗を五分五分の比率で活動したり、副業として店を営むため週末しか営業しなかったりといった生き方が成立するようになって、食の仕事の可能性が広がっていると感じますね。
―― その背景には、一体なにがあったのでしょうか?
ひとつには、バルのような低予算・低リスクで開業できる業態が増えてきたことがあると思います。サードウェーブコーヒー以降のコーヒーショップもそうですね。ただ、それ以上に、ここ数年は「食で社会に働きかけたい」と考える若者が増えたことが大きいと思います。地球環境に配慮した栽培法による食材やワインを提供することで「サステイナブル」に対する意識喚起を促せる。「耕作放棄地になりかけた畑のブドウから造ったワインなんですよ」と伝えれば、農業の未来へと目を向けさせることができる。世界が抱える課題を共有する手段として食が有効であり、そこに自分も関わりたいと思う若者がじわじわと増えてきたんですね。彼らの多くは調理師学校を出て料理人になるといったルートではなく、ふとしたきっかけで、自由な発想で食の世界へと入ってきます。
―― 『料理通信』を拝読していて驚かされたのは、お店の紹介と一緒にそのお店で提供されている人気メニューのレシピまで掲載されているという点です。このような構成も、より幅広い読者を意識したものというわけですね。
そうですね。最近ではグルメブロガーが増えていますし、単なるお店情報であればお金を払わなくてもタダで手に入ってしまいます。そんな現代にあって、あえて1000円以上の雑誌を刊行する意義はどこにあるのかと考えたとき、私たちにひとつアドバンテージがあるとすれば、それは「厨房のなかに入って取材できること」だと気付いたのです。ブロガーの多くはお客さんとして料理を食べて記事を執筆しますが、私たちは厨房のなかに入り、料理が提供されるまでの過程や料理人の思いを取材することができます。これは『料理通信』という媒体がもつ大きな強みです。
―― 厨房のなかに入って取材ができるからこそ、読者が求める生の情報を届けることができる、ということですね。
はい。私たちは、自分たちを出版業界の人間だとは思っていないんです。どちらかと言えば、食業界にいるのではないかと思っているくらいです。食業界の側から「伝え手」として発信しているからこそ、ブームを先取りしすぎて「特集を組むのが早過ぎた……」ということもありますしね(笑)。他社の方に自己紹介する際に「私たちは食情報の川上にいます」と言うことがありますが、この表現は割としっくりきています。
味だけでなく背景を伝える編集者でありたい
―― 食業界に軸足をおく編集者である君島さんは、“食情報を読者に伝える難しさ”を誰よりも実感されていることと思います。君島さんが、食の「伝え手」として大切にしている信条はありますか?
この仕事に就いてから、私が一貫して心に留めているのは、「おいしいという感覚は絶対ではない」ということです。味覚が個人の育ち、経験値、体調や環境に左右されるものである以上、「おいしい」という主観的な情報は絶対的なものにはならないのです。そのため、私は料理の味だけを伝えようとする記事には、あまり価値がないと考えています。もしも私たちに伝えられる確かなことがあるとすれば、料理を作る人が何を考え、調理の過程で何をしたか、という事実です。だからこそ、料理が提供されるまでのバックグラウンドに誠実でありたいという思いは、常に抱き続けていますね。
―― 「伝え手」には、情報を正確に伝える力だけでなく、情報の価値を見極める力も求められますよね。
あらゆる企業や飲食店がオウンドメディアなどを活用して自己発信していく現代では、まさしく食に関する確かな知識と眼を持って価値を見極める力が求められていると思います。
その担い手となるのが、私たちメディアなのでしょう。オウンドメディアには魅力的なコンテンツが数多くありますが、それが自己発信である以上、客観的情報として捉えにくいという側面があります。日本における食のレベルを維持し、向上させていくためには、第三者の視点で質的な判断ができるメディアの存在が必須なのではないでしょうか。
食をクリエイションへと昇華させるために
―― 食のプロを志す層が増加し、活性化を見せている食業界は、大きな過渡期を迎えているようにも思えます。『料理通信』という雑誌を通して、君島さんは食業界にどのような働きかけをしていこうと考えているのでしょうか?
『料理通信』創刊当時から私たちが胸に抱き続けているのは、日本における食のポジションを向上させたいという思いです。衣食住のうち、衣ならファッションデザイナー、住であれば建築家やインテリアデザイナーといったように、衣や住で創作活動をする人が「クリエイター」として認知されるケースが多いのに対して、料理人やパティシエが「クリエイター」と呼ばれることはまずありません。これは、食事という行為があまりにも日常に溶け込んだものであるためかもしれません。
たとえば、私たちはコンサートホールでクラシックを聴くときと、日常生活で家族や友人の話を聴くときとで無意識のうちに「聴く」という体験を区別していますよね。同じ耳を使う行為でも、コンサートは「鑑賞」であり、特別な体験として意識される。これと同様に、「味覚」を芸術体験の道具と考えるような食の表現や捉え方があってもよいのではないかと考えたりします。そんな意識変化の一助を担う媒体として、食文化やその背景にある情報を発信していきたいですね。
―― 食意識の変革のためには、当然これから食業界を目指す若い世代の力も求められると思いますが、先輩である君島さんが彼らにアドバイスをするとしたら、どのような言葉をかけたいですか?
私が食を専門とする編集者を志した頃に比べると、今は食について学べる場がとても増えています。そんな意味では、若い世代の方々はとても恵まれていますよね。
食の世界には、「ガストロノミー」という言葉があります。これは美食学と訳されることもありますが、その意味するところは「文化と料理の相関を考察する」ということ。私たちの日常に根付いた食という分野のポジションを上げていくためには、「食は学問するに値するものなのだ」という認知を広げるのが効果的なのではないでしょうか。
「作り手」の思いを汲み取り、「食べ手」の元へと届け続ける『料理通信』。日々、厨房と編集部を行き来する君島さんの言葉からは、食への深い愛情が溢れていました。資格が必要とされない料理雑誌の編集者。求められる素養があるとすれば、それは知識と経験に裏打ちされた「価値あるものを見極める眼」と「食への愛情」なのかもしれません。今後も、『料理通信』が届けてくれる食情報は、料理の旨味を引き立てるエッセンスとして、私たちの食卓を彩ってくれることでしょう。
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