「食」が歴史を動かす!? 明治維新と食のかかわり
吉田松陰や高杉晋作など幕末の志士が活躍した明治維新。幕末のヒーローたちを支えた経済基盤について調べていくと、そこにも「食」が関係していました。
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山口大学 教授
荒木 一視(あらき ひとし)
専門は人文地理学。特に食べ物をめぐる地理学に取り組んでいる。主なフィールドは日本を含む東アジア〜南アジア。これまでの論文で取り上げた食材は、米、粟、青果物一般(野菜・果物)、梅干、鶏肉・鶏卵、焼酎、和菓子などで、豊富なバリエーションが持ち味。好きな食べ物は、食べ物全部(好き嫌いなく何でも食べる)。
倒幕を支えた長州藩の経済基盤
突然ですが、長州藩(山口県)の話をしようと思います。なぜ長州藩は明治維新を実現し得たのでしょうか。「吉田松陰や高杉晋作など幕末の志士が活躍したから」と言ってしまうこともできますが、明治維新を幕末ヒーロー列伝だけで説明していいものでしょうか。彼らの活躍を否定するわけではありませんが、それを支える経済基盤なしに議論を一人歩きさせたくはありません。討幕軍の新鋭兵器をどうやって買い付けたのでしょうか。経済基盤なしには、それを実現できないわけですから。
ではさっそく、長州藩の経済基盤を考えてみましょう。長州藩の表高(額面上の石高)は、江戸時代を通じて40万石に及びません。対して幕府直轄領は約400万石。旗本領の約400万石を加えると800万石にのぼります。1石は大人1人1年の食い扶ちとされていましたから、単純に計算すると、100万石を有する藩は100万人の兵力を養えるということになります。そう考えると、長州藩の40万石と幕府の800万石には圧倒的な格差があるということになります。
しかし、実際には明治維新は実現し、幕府は倒れました。一体どうやって?薩摩藩の場合は、琉球を経由した密貿易で富を蓄えたということがよく言われています。では、長州藩はどのようにして明治維新を実現できる経済基盤を整えたのでしょうか。ここに興味深い数字があります。江戸時代を通じた実質的な石高(内高)の変遷です。長州藩の額面上の石高(表高)は40万石以下でしたが、幕末には実質的な石高が100万石に達していたというのです。江戸時代の初めと終わりで石高を倍増させた藩は多くありません。もともとが数万石の小規模な藩や、東日本の開発余地の大きな藩を除けば、長州藩の伸びは類例をみません。どうやって石高を倍増させることができたのでしょう?土地生産性を上げる努力?もちろんそれもあったでしょうが、長州藩が力を注いだのは「干拓」でした。江戸時代を通じて、瀬戸内海沿岸の干拓を継続したのです。海面を耕地に変えて、水田面積を増やし、石高を増やしていきました。結果として、実質100万石という経済基盤が、倒幕を支えたと考えることはできないでしょうか。
歴史を動かす食料生産力とその代償
一方で、石高倍増で100万石という非常に強力な「肉体改造」は、長州藩に別の結果ももたらしました。土地さえあれば石高が上がるという単純なものではなく、そこには投入する労働力や肥料が必要になります。労働力は農家の次男三男が担ったとして、肥料はどのようにして調達したのでしょう。この時代、里山から草肥が供給されていましたが、新たに干拓で作られた耕地への肥料はどこから供給されるのでしょうか。従来の採草地からの過収奪、あるいはより奥にある山林からの供給によらざるを得ません。
氷見山幸夫という地理学者が行なった過去の日本の土地利用の復元プロジェクトによると、近世末から第2次世界大戦に至るまで、山口県には一面はげ山が広がっていたことが伺えます。そのような県は日本中で山口県だけで、極めて特徴的な景観を持っていました。今日、秋吉台に広がる草原は、実は秋吉台だけの風景ではなく、県内には広く似たような風景が見られたのです。戦後になって荒廃した山林は復活し、往時を想像することはできませんが、古い地図の分析からはその痕跡を認めることができます。維新をもたらした石高の増加は、一方で山林の荒廃をもたらし、山林を荒廃させるほどの肉体改造が明治維新を実現したとも言えるのです。
食料生産力は、歴史上のヒーローのように、表舞台に立つことはありません。けれども、確実に歴史を動かしてきました。歴史が動いた背景を食べものから解釈することは、とても興味深いですが、食料生産は自然環境に対して少なからぬ負荷をかけていることも事実です。その食料を食べている私たちは、その恩恵を受けるとともに、その代償も引き受けているのです。そしてそれは、歴史の話だけではないと思います。
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