2017.07.26

Interview

ツヴィリング、世界の食を支えるドイツと日本の職人魂

世界一の刃物の街であるドイツ・ゾーリンゲンで創業したツヴィリングJ.A.ヘンケルス。286年以上にわたって調理の最も基本である「切る」を支え、その切れ味、使い勝手の良さから世界中のシェフから信頼を集めるトップブランドです。そんなツヴィリングの包丁が、本国ドイツだけでなく日本でも作られていることはあまり知られていないかもしれません。生産拠点の地として岐阜・関市を選んだ理由は?ドイツとの共通点は?そんな思いを胸に日本の関工場を訪れた私たちを出迎えてくれたのは、同社日本法人代表取締役のアンドリュー・ハンキンソンさんでした。

profile

  • ツヴィリングJ.A.ヘンケルスジャパン 代表取締役

    アンドリュー・ハンキンソン

    1991年来日、2011年に国内では40年以上の歴史を持つツヴィリング J.A.ヘンケルス ジャパンの代表に就任。

岐阜県関市で作られるドイツ老舗のキッチンブランド

―― 双子マークでなじみのある刃物を中心に展開するドイツに本社を持つ、ツヴィリングJ.A.ヘンケルスの高級ブランド「ツヴィリング」。その包丁の一部は、岐阜県関市で生産されています。意外と知られていないことだと思います。

よく驚かれるのですが、現在日本市場で販売しているうちの約9割は関工場で生産されています。工場自体は本国であるドイツ、そして中国にもありますが、品質や技術面において関工場はとても重要な拠点ですね。

日本と関わりを持つようになったのは、1970年の大阪万博にツヴィリング社が出展した頃からです。当時日本では珍しかった料理バサミを紹介し、たちまちヒットになりました。以前よりドイツより輸入品としてナイフは販売していましたが、ツヴィリング社としてはそのまま包丁でも市場を拡大したかった。ところがなかなかうまくいきません。理由を探ってみると、日本にはすでに素晴らしい包丁がたくさんある、刃物に関する技術の水準がとても高い、ということが見えてきました。ツヴィリングの包丁に自信があるとはいえ、それをそのまま輸入するだけでは日本市場で戦うのは難しいと考えました。

そこでまずは、ドイツより輸入した「ツヴィリング」のナイフを日本向けの仕様に刃付けをして販売。またエントリーモデルの一人マークの「ヘンケルス」ブランドをOEM製品として日本で生産し、品質の安定を図りました。それが1995年頃のことです。2000年頃より開発を進め、2003年に日本ではじめての双子マークのブランド「ツヴィリング」のナイフが誕生しました。それがTWIN Cermaxというナイフのシリーズです。そして2004年にこちらの工場をツヴィリングの日本工場とし、「ツヴィリング」「MIYABI」「ヘンケルス」ブランドの包丁を一貫生産できる体制を整えるようになりました。


―― 現在、関工場ではどのようにして包丁が作られているのでしょうか?

関では多くの職人が働いており、熱処理から研磨、組み立て、研ぎ、検査、梱包まで一貫して生産をしています。具体的には包丁のなる選りすぐられたブレード材に焼き入れを施した後、マイナス温度に冷却し、そして再度焼き戻しをし、堅牢な刃物鋼を作ります。美しいダマスカス模様のある製品はここで紋様を付けます。そのあと職人が一本一本ハンマーで叩いて歪みを取り、ブレードの研磨・ハンドルの取り付け、刃付けという工程を重ねます。細かな工程を数えれば高級クラスなら100工程にも及び、そのすべてに厳しい検査基準が設けられ、クリアしなければ市場に出回ることはありません。

これまで日本で包丁作りというと、研磨なら研磨だけ、組み立てなら組み立てだけと、別々の専門工場で行われることが一般的でした。しかし、ツヴィリングの場合は一貫生産がモットーです。理由のひとつは外部に漏らせない技術がたくさん使われていること。そして、高品質な包丁を安定的に供給するためには、すべて自社で管理できる方が効率がいいという理由もあります。

ドイツ・ゾーリンゲンと日本・関。刃物の町の共通点

―― ドイツ・ゾーリンゲンと日本・関。どちらも古くから刃物の町として栄えましたが、環境的な共通点はありますか?

地理的にはとても離れた場所にあるゾーリンゲンと関市ですが、環境はとても似ていると思いますね。ゾーリンゲンは1147年当時の領主アドルフ4世がシリアから刀鍛冶をつれてきたところからはじまり、ドイツの刃物作り発祥の地とされています。鍛冶用の薪が豊富にとれる森林、動力源と販路拡大に重要な河川、周辺で採掘される良質の鉱石などに恵まれ、多くの刀鍛冶職人が育ちました。現在ゾーリンゲンには、1,000社以上の刃物メーカーがあります。

関市に刀鍛冶が誕生したのは鎌倉時代で、刀祖「元重」が移り住んだことがはじまりとされています。ゾーリンゲンと同じく刀作りに適した良質な土と炭、長良川と津保川の水の恵みが豊富だったので、多くの刀匠が集まるようになったと聞いています。その名残もあって、現在でも関市は刃物メーカーが多く、日本の包丁の約50%以上が生産される場所。ゾーリンゲンと関市、遠く離れたふたつの町ですが、歴史と自然環境は同じようなものを持っています。


関の街並み

―― 共通点を持つ反面、当然違いもあると思います。ツヴィリングを関市で生産するにあたって、お互いの長所を融合したような部分はあるのでしょうか?

ドイツブランドの包丁を作るからと言って、すべてをドイツ式にしたわけではありません。関市にはすでに長い刃物作りの歴史があり、職人一人ひとりが優れた技術を持っていました。私たちの工場を開設するにあたってはそうした部分はできるだけ尊重し、残すようにしました。刃付けの工程はもともとドイツより優れており、関工場がオープンする前から、日本市場向けの包丁については、最終仕上げを関市で行っていたんですよ。

逆にドイツから持ち込んだのは、最新の最高の包丁素材・品質管理技術、機械化です。日本の刃物は品質が優れている一方で、職人一人ずつの技術に大きく依存していました。そこで機械化できる工程には機械を入れたり、生産ルールを作ったり、職人をマネジメントしたり。そうした考えを伝統産業の現場に持ち込むことで、「高品質な包丁を安定して作る」という独自のシステムを構築することに成功することができました。



工場の様子。職人の手仕事がツヴィリングの品質を支えている

日本と世界、プロと愛好家。さまざまな「食」を支えるために

―― 日本市場と海外市場で、求められる包丁に違いはあるのでしょうか?

肉料理が主流の西洋では、叩き切るような「チョッピング」というスタイルに適した包丁が好まれます。一方で日本では刺身など生魚をスライスするような機会が多いので、薄く、繊細な切れ味が求められますね。また、手の大きさも違うので、ハンドル部分の太さや形状も、日本向けと海外向けでは異なるケースが多くなります。

最近では日本食が世界的に注目を集めていることもあり、「世界で最も切れ味が鋭い」と評判の和包丁『Knife Japan』も人気を集めていますよ。関工場で生産している「雅」というシリーズは、日本ではなく海外、特にアメリカ市場をターゲットにした和スタイルの包丁。プロフェッショナル向けの高価格帯であるにも関わらず、たくさんの方に使っていただいています。

―― ツヴィリングは特定の分野に限らず、実に幅広いラインナップを揃えています。開発はどのようにして行われるのでしょう?

実際に包丁を使う人の声は、とても大切です。どんな風に握るか、刃のどこを使って切っているか、どんな食材を切ることが多いかなど、徹底的に調べます。場合によっては使っているところをビデオで撮影をさせてもらうこともありますね。そうして細かく調査をして何タイプものサンプルを作り、それをまた試してもらい……ということを繰り返します。

世界的な食の教育機関である『ル・コルドン・ブルー』と共同開発した包丁も関工場で生産しているのですが、刃の形からデザインの細部に至るまで、ル・コルドン・ブルーの講師たちの意見を取り入れながら、オリジナルのものを作ったんですよ。



上から海外で人気の和包丁「雅」、ル・コルドン・ブルーとのコラボレーションモデル「ツヴィリング ディプロム」

ツヴィリングを使ったときの喜びを広めるために

―― 今後、ツヴィリングを広めるためにどのような展開を考えていらっしゃいますか?

包丁だけに限らず、私たちのキッチンツールに触れる機会、お客さまとのタッチポイントを増やしたいです。例えばレストランのオープンキッチンで使われているのがツヴィリングの包丁だったり、肉を焼いてサーブされるのが同じグループである『ストウブ』のグリルパンだったり。そうして私たちの製品の素晴らしさを実感できる場面を増やすことが目標ですね。今はオンラインでの販売も増えていますが、逆にオフラインの直営店舗に力を入れていきたいと思っているのも同じ理由です。クッキングスタジオでのトライアルイベントなどを通して、本当の「感動」を体験していただきたい。ツヴィリング製品だけでなく、ツヴィリングを使ったときの喜びを伝えていくことが大切だと考えています。

―― いい包丁を使うこと、そのメリットは何でしょうか?

まずは料理が美味しくなります。柔らかいトマトもスッと切れるので、細胞が潰れず、素材本来のみずみずしい味わいを楽しむことができます。それからよく切れる方が、怪我をしにくいんです。これは無駄な力が必要ないからですね。

一般の方の場合、料理を「趣味」と捉える方も多いですが、他の趣味と違って、料理や食は、生きることに直結します。いい道具を使って料理や食がさらに楽しく、上手にできるようになるということは、つまり人生そのものが向上するということ。その機会を提供するチャンスがあるというのは、私たちにとってとても幸せなことです。

―― 関市の刃物のように、日本の優れた技術を世界に発信していきたいと考える若者はたくさんいると思います。最後に彼らに向けたアドバイスをお願いします。

日本人スタッフに目標数値を尋ねると、さまざまなリスクを考えて、低い基準で答えることが多いですね。これは価格が高すぎる?新しすぎて受け入られないかも?目標が高すぎると実現できないかも?もちろんそれを考えるのも大切ですが、挑戦することをせっかくの「機会」だと捉えて目標は高く、前向きに、どうやって実現していくかを考えるようにした方がいいと思います。

また、若い人たちと一緒に仕事をすると、目上の人に遠慮して発言を控えるという場面もよく目にします。これももったいない。もしプロジェクトに若い人を参加させたのなら、それはただ頷いてほしいのではなく、若い感性で意見を聞かせてほしいからなのです。だから、自信を持ってどんどん発言してほしいと思います。リスクよりも可能性に賭けること、自信を持ってコミュニケーションを取ること。若い人たちにはぜひその大切さを知ってもらいたいですね。


和と洋、伝統と革新、機能とデザイン、洗練と温もり……。さまざまな要素が詰まったツヴィリングの包丁は、同じように刃物の町としてルーツを持つゾーリンゲンと関市が出会ったことで、進化してきました。優れた道具で世界の食を支える、人々の暮らしを豊かにする。これからもそんな素敵な包丁がここ日本から生まれていく。そう考えると胸が高鳴り、誇らしくなりました。