小浜市を「和食の聖地」に。市長が夢見る壮大なまちづくり計画
「食でまちづくり」と聞いてイメージするのは、地元ならではの特産品のPRやB級グルメのアピールでしょうか?福井県の南西部、若狭湾のほぼ中央に位置する小浜市が選んだのは、昔からつづく『おいしいもの』はもちろん、命をいただくことに感謝する「いただきます」や「ごちそうま」の気持ちといった『食文化そのもの』を発信するという取り組み。ミラノ万博でも喝采を浴びたユニークな手法を選んだ理由を、松崎晃治市長に語っていただきました。
profile
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福井県小浜市 市長
松崎 晃治(まつざき こうじ)
鳴門教育大学大学院・学校教育研究科を修了。福井県の教職員を経て、1995年に福井県議会議員に初選出。その後再選を重ねて2003年には第90代福井県議会副議長に、2005年には第87代福井県議会議長に就任。2008年からは第9代小浜市長として小浜市の市政を担う。
小浜市で受け継がれてきた「食」に着目
―― 小浜市は今、「食」を活かしたまちづくりで注目を集めています。どのような経緯があり、この取り組みははじまったのでしょうか?
小浜市は古くから日本の要港であったことから、仏教をはじめ、大陸の先進的な文化がこの地域を通して日本に入ってきました。また、奈良・飛鳥時代には豊富な海産物や塩を朝廷に献上した「御食国(みけつくに)」の歴史があり、江戸時代から近代にかけて海産物を京都へと運んだ道は「鯖街道」として現在も親しまれています。
こうした地域資源を活かしたまちづくりを進めようと考えたのが2000年8月のこと。「御食国」の誇れる歴史と今もしっかりと受け継がれている豊かな「食」に注目し、「食」を重要な施策の柱としたまちづくり、いわゆる「食のまちづくり」を開始しました。
―― 「食」をキーワードに地域ブランディングをする自治体は全国的に広がっています。他地域と小浜市の取り組みの違いはどこにありますか?
特徴としては3つあると思います。まずは先に挙げたように、本市には、「御食国」や「鯖街道」の歴史とともに、現在も連綿と受け継がれている四季折々の豊かな自然の恵み、さまざまな郷土料理や行事食、「へしこ・なれずし」に代表される貴重な加工技術が継承されており、食に欠かせない箸についても、「若狭塗箸」を中心に、塗箸生産量は全国1位です。このような、『もともと持っているものを活かしたまちづくり』にこだわったこと。次に、一過性のブームに終わらせないために、きちんと形に残すことに取り組んだこと。例えば「食のまちづくり条例」は時代が流れ、人や環境が変わっても理念を共有できるようにと制定したものです。また、ハード面でも「御食国若狭おばま食文化館」を新設し、市内外に「食の魅力」を発信しています。
そして最後が行政主導ではなく、「市民協働」で進めたことでしょうか。それぞれの地域のメンバーが交付金をどう使うのかを考え、市職員と一緒になってプロジェクトを運営していく。自分たちで育てた米でお酒を醸したり、100万本のひまわり畑で観光誘致をしたりと、市民一人ひとりが自然や食を意識したまちづくりに関わっているのも小浜市ならではと感じています。
スローフードの国、イタリア・ミラノで得た手応え
―― 外国人による日本旅行が人気ですが、海外に向けてのPRは行っているのでしょうか?
2013年に「和食 日本人の伝統的な食文化」が世界無形文化遺産に登録をされましたが、実は申請の準備段階から小浜市は国と関わらせてもらっています。現在でも昔ながらの和食がこの地域で愛されている上、それらを次世代につないでいく食育活動にとても力を入れていたので、様々な情報提供をさせていただきました。登録が決まったときは、食文化館に「日本食文化 小浜から世界へ」という横断幕を掲げたほど嬉しかったですね(笑)。
登録されてからは小浜に見られる「伝統的な食文化を大切にした暮らし」そのものにさらに誇りを持ち、私たちが得意としてきた「食育」の手法で世界へ発信していくことに一層力を入れてきました。
―― 2015年のミラノ万博にも参加されたそうですね。
はい、ミラノ万博には自治体として単独で出展をしました。現地で行ったのは若狭塗箸の研ぎ出しというワークショップと、食文化館でずっと行ってきた「キッズ・キッチン」。若狭塗箸は木地に漆を何度も何度も塗り重ね、研ぎ出したときに現れる繊細な模様に、感嘆の声が上がっていました。ここまでに手をかけた品で毎日の食事をとっていることにも、現地の皆さんは驚かれていたようですね。また伝統工芸品として美しいだけでなく、日用品としての丈夫さ、機能も持っている若狭塗箸をイタリア国内で販売したいと、幾つかの商談も成立したと聞いています。
また「キッズ・キッチン」ではイタリアの子どもたちに和食の調理体験をしてもらいました。小さな子どもたちに包丁を持たせて料理をさせることに驚きの声もありましたが、子どもたちが生き生きと作り、食べ、そして食材に対して「いただきます」と「ごちそうさま」の感謝の気持ちを持つ。その姿に多くの反響がありましたし、小浜で大切にしている和食の精神が外国の方々にも伝わったと、参加していた日本人スタッフも涙を流して喜んでいました。
ミラノ万博で得たのは、小浜、そして日本でずっと大切にしてきた「食文化」が、世界で認められるんだという実感。特にイタリアはスローフードカルチャーが生まれた国です。そこで小浜市の取組みが評価されたのは、大きな自信になりました。
豊かな食文化を次世代へ受け継いでいくために
―― 「食のまちづくり」には若い世代の活躍も不可欠になると思います。次世代育成を目指した取り組みは行っていますか?
食育事業の中でも、次世代を担う子どもたちの食育は最も重要視しており、市内の子どもたちがひとり残らず食育を学び体験できる仕組み、いわゆる「義務食育体制」を整備しています。例えば食文化館では、「ベビー・キッチン」(2~3歳)、「キッズ・キッチン」(4~6歳)、「ジュニア・キッチン」(11~12歳)、さらに中学2年生の調理体験が行われ、保育園・幼稚園、小学校でも、それぞれの立地条件や特色を生かした農業体験や水産体験がカリキュラムに組み込まれています。
また、学校給食は全小中学校が自校で調理しており、食材は校区内の生産者から優先して購入しています。このような仕組みは「校区内型地場産学校給食」と呼ばれ、子どもたちが、人や地域との繋がりを実感しやすく、教育的効果を期待できる学校給食として、各方面で評価されています。さらに高校、大学とも食の分野で産官学連携を進めていて、学生ならではの若いアイデアで食のまちづくりに参画してくれています。
―― そうした食育の成果を感じる場面はありますか?
小浜市が「食のまち」であることは、市民の皆さんに随分浸透してきたと思います。「食のまちって言っておきながら、あそこのレストランは美味しくない」「あんなものを置いている店、同じ市民として恥ずかしいよ」といった会話がなされるくらい意識が高くなったといいますか(笑)。とても頼もしいですね。
食にこだわっている、というと「健康寿命は長いの?」と聞かれることも多いのですが、そのあたりは何を基準にするかも難しく、市としても明確に打ち出せているわけではありません。ただはっきりと言えることは、大切なのは、流行や誤った情報に惑わされることがない「力」をつけること。そのために、小浜市オリジナルの食生活指針を作成し、「選食力」や「フードリテラシー」をきちんと身につけてもらえるように、啓発活動を行うことにも取り組んでいます。
いつの日か、小浜市を「和食の聖地」に
―― すべての取り組みが一過性のものでなく、長期的なスパンで考えられているんですね。これから市として力を入れていきたいことはありますか?
「食のまちづくり条例」ができて16年が経った現在は「食のまちづくり原点回帰」をキャッチフレーズに、地域の食資源の魅力を再認識しつつ、それに磨きをかけながら国内外に発信をしています。例えば、「若狭もの」を安定供給するために養殖漁業に取り組んだり、へしこやなれずしといった小浜独特の郷土料理に付加価値をつけるために旨味や健康効果を検証したり。マサバの養殖に関しては、全国展開をしている鯖料理専門店とタッグを組んでクラウドファンディングを実施するなど、新しいチャレンジもどんどん行っています。
また、「おいしいもの」だけでなく「食の体験」にも力を入れたい。食育ツーリズムの受け入れに取り組んでいるのもそのひとつで、自分で釣った魚を自分の手でさばき、調理したものを食べられる体験型施設「ブルーパーク阿納」は修学旅行などで大変な人気になっています。これからはそうした産業としての「食」を強化していくことが課題。本当の意味で市民生活に定着させるためには、産業となって収益が生まれないといけないですから。
―― 最後に、松崎市長の夢を教えてください。
いつの日か、小浜市を「和食の聖地」にしたい。ここに来ればいつでも新鮮でおいしい和食が食べられる。食べるだけでなく、小浜市や日本が大切に守ってきた素晴らしい食文化を体験し、学ぶことができる。ここ小浜市をそんな場所にすることが私の夢です。実際、そのためのポテンシャルは十分にある。おいしい食材は豊富ですし、京都からも近いため外国人観光客の方も順調に伸びています。
この取り組みを進めるためには、実は外部からの視点も大切なんです。例えば普段私たちが食べている「醤油干し」がこの地域だけのものだということを私たちは知らなかった。祝いの場で鯛ではなく鯖を食べることにも驚かれます。そうした私たちの当たり前をユニークなものとして捉えてくれるのは外部の人たちならでは。ここで暮らす人と、外からやってくる人、市が力を合わせながら、この活動を盛り上げていけるようにするのが私の役割ですね。
食を「食べ物」だけでなく、教育や文化とも繋げて、子どもから大人まですべての年代の市民に語りかけてきた小浜市。一つひとつの地道な活動は10年以上の時をかけて今、産業のさまざまな場面でも花開こうとしているようです。命に感謝する、食材を余すことなく活かす、素材の味を楽しむ。そうした素晴らしい和食文化を小浜市から世界へ。小浜市が描く大きな夢は、まだまだ終わりません。
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