日本食を世界へ発信! 食のプロフェッショナルが集う「工房」の今
2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されて以来、アジア、北米を中心に世界的なムーブメントを起こしている和食。海外に店を構える日本食レストランは、この10年あまりで約5倍に増加し、日本発のチェーン店を台湾やアメリカの街中で目にすることも増えてきました。しかし、そんな盛り上がりの一方で、海外進出に失敗し、撤退を余儀なくされる日本食企業も急増しています。日本食バブルともいうべきこの時代にあって、海外で成功する企業には一体どのような特徴があるのでしょうか? 国内外で飲食開発支援・プロデュースを請け負う、株式会社ミュープランニング代表の小吹雄一郎さんに、「日本食産業の今」をお聞きしました。
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株式会社ミュープランニング
小吹 雄一郎(こぶき ゆういちろう)
1998年早稲田大学政治経済学部卒業。金融機関や外食大手を経て2010 年、サントリーグループの外食向けコンサルティング会社ミュープランニングアンドオペレーターズに入社。日系外食チェーンの海外進出コンサルティングを数多く手がけた実績を持つ。14年11月に、統括していた企画・プロデュース部門をサントリーからMBO(経営陣による買収)。
「食の工房」が生まれるまで
―― ユネスコ無形文化遺産登録などの追い風を受けて、今や空前のブームを迎えている和食・日本食産業。小吹さん率いる株式会社ミュープランニングでは、飲食店のプランニングから設計、オープンコーディネーションまでを請け負われているとのことですが、このような業態をとる企業は、外食産業のなかでも特異であるように感じます。どのような経緯で、「食の総合プロデュース」という事業をスタートされたのでしょうか?
今でこそ、飲食店の海外進出をお手伝いする仕事を数多く請け負ってはいますが、実のところミュープランニングは、サントリーのウイスキーを国内のお客様に認知していただくための業態開発プロジェクトのひとつとして立ち上がった会社でした。私たちのルーツをお話しするには、1990年まで遡らなければなりません。当時、サントリーのウイスキーは、今ほど認知されておらず、売れ行きも厳しいものでした。そこで、サントリーの業務開発部が、町の酒屋さんと連動したダイニングバーや居酒屋業態をつくることで、ウイスキーの販路拡大を目指すプロジェクトを始動したんですね。
―― 貴社の起源が、サントリーのウイスキーにあったとは意外です。
そうですよね(笑)。ちょうど隠れ家バーや半個室、個室の居酒屋が流行った時期でもあったので、サントリーが販売している各商品のコンセプトに合わせて、年間400件ほどお店をつくっていました。しかし、そうやってサントリー社内に「酒場づくり」のチームを置くと、当然そのメンバーは他の社員とは違って夜型の労働スタイルになっていきますし、バーのスタッフの中にはラフで個性的な格好の人たちも多くなってきます(笑)。サントリーの社内では、かなり浮いている存在だったこともあり、それならば分社化して自由に「食と酒」の文化をサントリーのもとで育んでいこうと立ち上がったのが、現在のミュープランニングというわけです。
―― ウイスキーを売るためのお店づくりをしていたミュープランニングが、外食個人オーナーやチェーン店のプロデュースを請け負うことになったのはなぜなのでしょうか?
1990年の始動から現在にいたるまでの30年弱の間に、私たちのチームが請け負う仕事も変化してきたわけですが、その大元にはサントリーで培った店づくりの経験があります。たとえば、私たちはサントリーの「白州」というウイスキーを認知してもらうために、丸の内にSCeNT HOUSEというバーをつくりました。このお店の内装はすべて我々の手づくりで、白州のコンセプトである若葉を思わせる爽やかな「香り」を五感で愉しんでいただけるように、「森の蒸留所」をコンセプトに内装設計をし、ディスプレイや家具、照明、植栽等のお店を構成する1つ1つの要素にコンセプトが反映されています。
このようにウイスキーのレーベル毎に拡販したいターゲットや利用動機を明確にし、店舗コンセプトを設定し、店を手づくりしていくことでデザインやコンサルのノウハウが蓄積され、やがて社外の飲食店からの依頼にもこたえられるようになっていったのです。
―― 店の内装も手づくりするとなると、それを請け負うチームには多様なスキルが求められそうですね。
そうですね。私たちの会社は、コンサル企業というよりは、ゼロからモノをつくる「食の工房」というイメージの方がしっくりくるかもしれません。社内には、内装のデザイナーもいれば、ポスターをデザインするスタッフもいますし、フォトグラファーもいます。チームメンバーはそれぞれ役職が異なっているので、まさに職人が集う「工房」なのです。
海外進出で問われる資質
―― 「博多一風堂」のようなラーメンチェーンから、昭和52年より続く神楽坂の老舗天ぷら屋「天孝/あら井」まで、ミュープランニングがこれまでプロデュースを手がけてこられた飲食店はジャンルや価格帯もさまざまです。「店舗プロデュース」と聞くと、コンサルタントのような仕事が真っ先に頭に浮かびますが、小吹さんたちはどのようにクライアントにアプローチしているのでしょうか?
先ほどもお話ししたように、ミュープランニングには個別のスキルをもったスタッフがそろっています。社内の主な役職は「プロジェクトディレクター」や「コーディネーター」、「インテリアデザイナー」など、最小に分類しても8つはあります。クライアントによっては、すでに社内にデザイナーやコーディネーターを抱えている場合もありますから、そのようなときにはその企業にない機能だけを選んでいただいて私たちが手助けをする、ということもしています。例えるなら、クライアント側の社員が「正規軍」なら、私たちは正規軍の力を補い、手助けをする「傭兵部隊」のようなイメージですね。
―― 「正規軍」と「傭兵部隊」が共に戦うことで、思わぬ化学反応も起こりそうです。
そうですね。最近では、ルミネさんから依頼をいただき、海外のブランドを同社の商業施設にテナントとして持ってくるというプロジェクトをお手伝いしたのですが、私たち傭兵部隊が加わることで、ルミネの社員のみなさまと分業し、相互にシナジーが図れたように思います。たとえどれほど素晴らしい個性をもった人材でも、既存のルールや枠組みにとらわれてその力を発揮するのは難しいものですよね。だからこそ、私たち外部の人間が、新しい血として混ざることで、組織そのものに新たな風が吹くきっかけとなることはできると思うのです。ルミネさんとしても、このプロジェクトには人材教育の場としての意義を感じてくださったようで、とても嬉しかったです。
―― さまざまな飲食店のお手伝いをするなかで、多くの成功例と失敗例を蓄積されてきたことと思います。近年では、海外へ進出したものの短期間で撤退する日本食企業も増加しているようですが、成功する店と失敗する店には、やはり決定的な違いがあるものなのでしょうか?
海外の事例でいえば、私たちがプロデュースをお手伝いしている「博多一風堂」さんは、出店と撤退の両方を経験しているクライアントです。かつて中国で出店したものの残念ながら撤退を余儀なくされた経験を踏まえ、私たちはアジアへのリベンジであるシンガポール1号店や台湾の店舗の店づくりをお手伝いしました。私自身、一風堂の創業者である河原成美現会長には、繁盛店作りのポイントを沢山勉強をさせていただいたのですが、私が得た気づきのうち最も印象に残っているのは、「現場の裁量権」を大切にすることです。
―― 裁量権、ですか。
ええ。ご存じのとおり、一風堂はすでにニューヨークへの進出を成功させているわけですが、この成功の大きな要因の1つが、河原社長の思想を最も色濃く受け継いだ社員を現地へ送って店づくりをしたことでした。現地で出店するからには、まずは一風堂の理念を、共に仕事をする現地の人々に摩擦なく伝える必要があります。その際に求められるのが、純度の高い「思い」や「理念」、あるいは「ビジョン」です。海外に派遣する社員は、その会社の代表であり、「顔」です。だからこそ、現地に裁量権のある人材を送ることからはじめなければならないわけです。
―― 日本食が世界的なブームになっている昨今、アジアや欧米は「無限の金脈」のようにも錯覚されがちです。そうなると、思いや理念といったモチベーションを後回しにして海外進出を決断する企業も多そうですね。
単純にお金を儲けたいのであれば、海外へ出ることが必ずしも最短距離ではないのでは?と思います。日本国内においても、業態によっては、ブルーオーシャンの商圏/立地は存在します。また、海外出店は国内出店ではかからない費用も発生します。特に就労ビザは金額だけの問題ではなく、取得自体が困難な国もありますし、派遣する人材に対する海外赴任関連の福利厚生負担も重く、出店コストに影響します。そのあたりの国内外の出店に関するメリット・デメリットを客観的に定量的に検証することが大切だと思います。
また、海外新規事業として収益確保が大前提ではあるものの、企業1社1社にとって社員の誰もが共感/納得する「明確な進出目的/進出理由」のない海外進出は危険だいと感じることが最近増えてきています。大きな組織になればなるほど、人事異動や企業内部の内的要因で事業の方向性が二転三転するケースが散見されます。担当者が変わる度に経営方針が変わってしまっては、海外現地法人の派遣社員のみならず、ローカルスタッフまでもが混乱してしまいます。そうした状況を避けるよう我々からは、事業計画策定段階で、進出目的/理由の大切さを海外事業責任者に問うようにしています。
若者に求める、ふたつの力
―― 小吹さんのお話を聞いていると、ミュープランニングで働いているスタッフのみなさんの業務が実に多様で、しかも限定されていない「極めて自由な存在」であることがよくわかります。毎回クライアントが変わるからこそ、その都度最適な役回りを求められ、結果としてスキルの幅が広がるのでしょうね。
それは大いに感じます。弊社の戦力の中心は30-40代ですが、20代の若いスタッフもいます。昨年あたりから、彼らには自分の専門外も含めて複数人のメンターをつけることにしています。設計会社を筆頭に、クリエィティブな業界は徒弟制度が今なお色濃く残っています。一人の師匠に何年も師事し仕事を覚えていくこと自体を否定していません。ただ、私としては、ある一定の周期でメンターをローテーションしながら経験を積むことで、クリエイターとしての業務に幅が生まれると思っています。理想としては、30代で自分の専門以外に2つか3つの役職を兼務できるようになってくれると嬉しいですね。
―― 自分の努力次第で、仕事の幅を広げていくことができる、というのは若手社員にとっても大きな魅力ですね。ミュープランニングの代表として人材育成にも注力されている小吹さんですが、今後どのような若者とともに働きたいと思われますか?
私たちの仕事でいえば、求められる力は2つあると思います。1つは好奇心。これは私が新入社員の面接をする際に最も大事にしているポイントなのですが、本当にこの業界でやりたいことがあるのか、あるいは新たなモノや人と出会った時に好奇心を持って受け入れることができるのか、ということは仕事をするうえで非常に重要です。我々の仕事は、新規事業開発の機会に恵まれるので、好奇心に裏付けされた調査力や仮設構築力が重要です。若いうちは、たとえ仮説が間違っていたとしても、「面接用ではない好奇心」を見せてくれると、嬉しくなりますね。
そして2つめは、受容性です。国内、海外問わず、これだけ色々なお店をつくっていると、当然ながら自分とは意見のあわないオーナーさんやシェフと出会うこともあります。しかし、人間というのは自分が売れっ子のプロデューサーになるほど、自分だけの型を盲信して頑なになってしまうものです。そうなると、どんなに才能のあるクリエイターでも30歳前後で伸び悩んでしまいがちなのです。自分のスタイルに自信を持つのは大切だけれど、お客さんに押し付けてはなりません。特に海外では、色々な情報があふれています。また、その国ごとの価値観や食文化を一旦、私情抜きで情報として吸収できる力が大切です。情報や市場に迎合しすぎてしまってはなりませんが、このバランスは私自身も難しいなと感じています。
―― 一人として同じクライアントがいないからこそ、その都度、プロジェクトを楽しめるだけの「好奇心」と、異なる価値観と出会った時に受け入れるだけの「受容性」が求められるわけですね。この先、若き力も取り込みながら新たに挑戦していきたいことはありますか?
もともとミュープランニングは、飲食店の開発が業務の9割を超えていましたが、2014年以降、「食」を軸に、クライアントの業種の幅が大きく広がりました。生産者や食品メーカーから、商業施設・商社・運輸・エンタメ系まで、「食」に関するお手伝いの場が増えています。なので、これからも食というタッチポイントが少しでもあれば、どんな異業種でも、積極的に仕事をしていきたいと考えています。
私は、食にまつわる仕事は得られる幸福度も高いと考えているんです。この仕事のやりがいは、自分がつくった空間でお客様が食事をしている姿を目で見て、幸福を生み出している現場に立ち会うことができる点です。今後も、食を通じて誰かの幸福を生み出すことに寄与していきたいですね。
国内から海外へ、そして海外から国内へと、食文化の橋渡しを担うミュープランニング。誰よりも外食産業の厳しさを知り、日本食を愛しているからこそ、海を越えようとも揺るがない「理念」と「ビジョン」をクライアントに要求し続けているのでしょう。空前の日本食バブルの渦中にいながら平静を失わず、真摯にクライアントと向き合う彼らは、紛れもなく食のプロフェッショナル集団でした。
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