ダイナミックな多様性に溢れる、食ビジネスの可能性とその未来
立命館大学と、フランスの名門料理学校ル・コルドン・ブルー。両教育機関の教学提携により、日本で初めて共同プログラムが実施されることになりました。2018年4月に開講した『立命館食マネジメント学部』です。「何を学び、その学びの先に何があるのか?」という問いかけに、プロジェクトの中核人物シャルル・コアントロ氏が答えてくれました。
profile
-
ル・コルドン・ブルー
シャルル・コアントロ
ル・コルドン・ブルー・インターナショナルアジア代表。フランス生まれの英国育ち。フランスとオーストラリアのビジネススクールを卒業、2006年ル・コルドン・ブルー入社。すぐにソウル校ホスピタリティーマネジメントMBA開校のミッションを受け、韓国に赴任する。のちに日本、上海、オーストラリア等アジア地域代表を担当し、現在に至る。
名門ル・コルドン・ブルー・パリの新たな挑戦
―― ル・コルドン・ブルー・パリ本校は2016年、新校舎に移転しました。この新展開のプロジェクトは、どのようなコンセプトで進められたのでしょう?
1895年に開校したル・コルドン・ブルーは、フランスで最も長い歴史を持つ料理学校です。その歴史の中で、どの時代にも世の中のニーズに沿った授業提供の努力がされ、授業内容の発展やその規模に合わせ移転を重ねてきました。基本的には、料理、パティスリー、パンを学ぶ3つのコースが当校の柱になっていますが、2016年に完成したこの新校舎は将来の展望を見据え、あらゆる新企画、新プログラムにも対応出来るよう建設されています。つまり、明日の人材を育てるという当校の基本精神を実現するにふさわしい、最新のテクノロジーと十分な面積を備えているのです。
―― 移転後に新設されたプログラムには、例えばどのようものがあるのでしょうか?
ワインコースを新たに設けたほか、パリ・ドフィーヌ大学(パリ第9大学)及びランス大学と提携したマネジメントの学士・修士コースも開設しています。もともと、本校で料理を学んだ生徒たちは、すべからく単に料理技術だけを会得して卒業していたわけではありません。なぜなら、経営、運営、そして広報活動というビジネスの基本を学ばずして、料理人としての成功はありえないからです。
新校舎では、明日の料理人、明日の企業家を育てる学校として、技術の習得はもちろんのこと、ビジネスの基本を学べる環境を整えそれを提供しています。同時に、ワールドキュイジーヌや日本酒など、多様化する食文化の学びの機会をプログラムとして提供してもいます。旧校舎時代にも既に存在してはいましたが、それはあくまでもイベント的なオプションにとどまったものでした。現在は、これらのプログラムも一貫して専門的な「技術と実技」の習得に有効なカリキュラムに基づき進められます。
なぜ「技術と実技」にフォーカスするかというと、例えば世界各国から集まる生徒に対して寿司の技術を教える場合、日本のように10年の下積みを強いるわけにはいきません。現地の文化慣習から一旦切り離したその料理の核心の部分、つまり「技術と実技」を的確に教える必要があるわけです。さらに言うと、私たちはレシピを教えているわけでもないのですよ。レシピは各シェフから生まれるものですから。
―― その学びの現場を見ると、 講義の教室が3つ、料理の実習室が3つ、パティスリーの実習室が3つ、それに加えてパン実習専用の教室や、カーヴを併設したワイン学習専門の教室もあり、またそれぞれに最新の設備が搭載されています。まさに未来を見据えた設備が整っているわけですが、他にも校舎の特徴はありますか?
屋上に菜園があります。この菜園のおかげで、提供できる教育の幅が倍増しました。食材の本来の姿を生徒たちに見せるという単純な目的を果たすだけでなく、 近年各国のシェフたちが注目している、菜園とテーブルを最短距離で結ぶ料理の可能性や、都市型農業のモデルを示すものでもあります。
屋上のこの限られた面積に、雨水を最大限に活用する最新システムが適用され、ミツバチによる受粉、厨房から出る生ゴミのコンポストも実現されています。まさに、都市型の循環農業です。約30㎝の深さの土を屋上に投入するだけで、こんなにも豊かな環境づくりができるのですよ。それも都会の真ん中で! 実は、ブドウ栽培からワイン醸造までを校舎内で行うアイデアもありましたが、パリにはそれに足る十分な日照時間がなく現在ペンディング状態です。しかし他にも、菜園を使った教育プロジェクトが誕生する予定ですので楽しみにしていてください。
少し話が逸れますが、興味深いエピソードとして、この菜園が登場してからというもの各国の王侯貴族や首脳、大使たちが、自国特有の野菜や果物の苗をプレゼントしてくれるようになりました。菜園を通じての国交が、ここで行われているのです。
―― アイデアも可能性も、本当に無限だと感じます。
私たち自身、これからの発展が楽しみでなりません。現校舎に移転して3年目になりますが、これだけの進化が見られるわけですから。これからますます皆さんをあっと驚かせるプログラム提供をし、食ビジネスの新しい可能性を提示していきたいですね。
立命館大学との提携で可能になること
―― では立命館大学食マネジメント学部との共同では、何を目指したのでしょう?
まず知っていただきたいのは、ル・コルドン・ブルー・パリ校で料理やパティスリー、ワインを学ぶ受講生は、必ずしもその道のプロを目指しているわけではない、ということです。料理の全体像を知ることが、自身のキャリアアップにつながると判断した社会人が多く受講しています。食品メーカーはもちろん、香料メーカーやロジスティクスの企画開発、営業、マーケティングといった人たちです。マスメディアやコンセプターなども挙げられます。この事実が示すように、「食」という要素は大変広い分野に関わるもので、多種多様な職業とつながっています。
加えて、 世界の人口の約15%が観光関連の職業に従事しているというデータもあります。食ビジネスもここに含まれるわけで、つまりいつの時代のどの国でも、経済活動のかなり大きなボリュームを占めているということがわかります。要するに、幅広いビジネスシーンに関与し、常に売り手市場の分野である、と言い換えても過言ではありません。食マネジメント学部は、 新しいものやシステムを開発し提供していくのに必要なプログラムを準備しています。まさに、明日の企業家を作るための設備とプログラムを備えた学部、ということができるでしょう。
―― 実際のところ、ル・コルドン・ブルーの卒業生には有名シェフだけでなく、他のビジネスの世界で成功されている方々も多いです。
私自身もル・コルドン・ブルーの授業をいくつか受けた経験者です。先ほども申し上げたように食はどの分野にも関わる問題であり、同時にクリエイティビティーや交流、研究、開発など、様々なことが常に動いている現場でもあります 。料理人という仕事だけでなく、食業界という大きな捉え方をした場合にも、ビジネスの可能性は多いということがご理解いただけるのではないでしょうか。
―― では、食マネジメント学部で学ぶ学生たちの将来を、どのように想像しますか?
かつては、農業、アグリビジネス、メディア、経営などは、別々のものとして機能していましたが、今日ではそれらをバラバラに考えることはできません。具体的な例として、当校で開催した飛騨牛のプロモーションイベントを挙げますと、生産者はいい製品を作ることはできても、それを広く異国の消費者に知ってもらう術を知りません。消費者へのアプローチを考えた時、1つに考えられるのはシェフたちに調理法を教え、一般消費者にはまずレストランで体験してもらうという手段があるでしょう。そのような根拠から私たちは飛騨牛のプロモーションイベントに合わせ、シェフを対象にしたデモンストレーションを行いました。ここにビジネスのニーズや可能性が見えます。
食マネジメント学部では、学生自らが自分の専門分野を決め、管理運営、マネジメントといったビジネスの基本を学ぶことができます。発展を続ける食分野と、立命館大学のカリキュラムが一つになることで、将来、この学部から何らかのアワードを獲得する人も出るでしょうし、独自に開発した商品を世に出す人 、新しいサービスを提供する人が出てくると想像しています。
多様性がますます広がる、食ビジネスの未来
―― 食ビジネスの今後を見据えた時、どのような展望をお持ちでしょう?
ガストロノミーツーリズムの発展を予期しています。みなさんご存知のように、フランス料理はユネスコ無形文化遺産に登録されました。これは、レシピが、つまり料理そのものが世界遺産になったということではなく、みんなでテーブルを囲み時間をかけて食事をするという行為全体が、後世に受け継ぐ文化的価値に値することを意味します。食を通してその国の文化を知る、そんな旅のスタイルが発展してゆくのではないでしょうか。ただの観光にとどまらぬ、経験の共有ですね。
また社会問題として、環境問題、そこから派生したベジタリアンへの関心、同時に現代の食文化であるファストフードなどがあります。これらのトピックがはらむ問題は今後無視できないことであり、一過性の流行でないことも確かです。肉食をやめる、いや肉を食べ続ける、といった、どちらかしかありえない姿勢からは何も生まれません。いいバランスを見つけることが必要で、そこに新しいビジネスの可能性があると思います。いいバランスの答えを見つけ、アプリで提供するような若い世代がきっと出てくることでしょう。
―― では、ビジネスの分野で成功するカギは何でしょう?
「成功に必要な要素は?」と聞かれると、「パッションです」と答えたくなりますが、情熱という一言は大変広い意味を含んでいますね。繰り返しになりますが、料理学校で実技をしっかりと学び、素晴らしい腕を持つ料理人になったとしても、残念ながらそれだけではビジネスを成功させることはできません。世にオープンするレストランの半数が、1年後には閉店していることをご存知ですか?成功に必要な要素は、先ほども述べたビジネスの基本をしっかりと会得し、かつ、自身のプロジェクトを貫徹するだけのパッションを持ち続けること、でしょうか。
―― ご自身が今、注目している食ビジネスの動きがあればお教えください。
個人的に注目しているのはステビアです。現代人は誰もが砂糖を大量摂取していて、それが健康に有害であることは周知の事実であるにもかかわらず、多くの人が依存性から脱却できずにいます。コーヒーでも菓子でも、これまで習慣的に使ってきた砂糖をステビアに置き換えれば、従来通りの甘味はそのまま得つつ、糖尿病や肥満といった問題を改善することができます。加えて、ある文化圏では薬草として使われていたほど、ステビアには多くの効能があります。実は、私個人はすでに一切砂糖を使わず、完全にステビアに切り替えました 。今後、ル・コルドン・ブルーのパティスリーにもステビアが使用されるようになるでしょう。
無限の可能性を秘めつつ、常に変化し続けるクリエイティブな分野。コアントロ氏は『食』という分野をこのように捉えていました。人は食べなければ生きてゆけません。つまり、人間が存在する限り、食もあり続けるのです。だからこそ、食ビジネスに衰退はありえない。『食』を学び、それを生かすシーンのすそ野の広さをコアントロ氏の論理から実感することができました。
関連リンク
他にもこんな記事がよまれています!
-
Column
2018.07.03
おにぎり1個、食パン1枚はNG? 理想の朝食メニューを考える
立命館大学食マネジメント学部
保井 智香子 -
Interview
2022.06.30
食に磨きをかけ、日本一の食ワールドをめざす阪神百貨店
株式会社阪急阪神百貨店
中尾 康宏 -
Column
2020.11.11
アクション・バイアス ~変革型パティシエの探求~
立命館大学食マネジメント学部
金井 壽宏 -
Column
2019.06.06
毎日の食事が一層おいしくなる「おいしさの法則」
立命館大学食マネジメント学部
本田 智巳 -
Column
2017.12.27
駅ナカ「食」のおみやげ事情から見た地域創生
株式会社地域計画建築研究所
高田 剛司 -
Interview
2018.03.26
人々の暮らしを豊かにするフードサービス
株式会社関西吉野家
吉野 貴久