2019.01.08

Column

「食」から振り返る平成の30年(前編)

食を学ぶ。それは社会を学ぶということ。仕方なく引き受けた「平成の30年間に起きた食に関する出来事」の考察は、日本社会の歴史的変化をつづる作業でもありました。

profile

  • 立命館大学食マネジメント学部 教授

    南 直人(みなみ なおと)

    専門は西洋史学・食文化。ドイツをフィールドとして食料生産、食物消費、ジャガイモやコーヒーの普及、食をめぐるイデオロギーの歴史的変化などを研究。好きな食べ物は、お好み焼き。

食を通して見える日本社会の歴史の変化

あるところから依頼を受けて、「食」という視点から平成の30年間に日本列島で生じたさまざまなトピックや事件、ブームを整理し、解説するという作業を行いました。改めて思うのは、食に関連して実にさまざまな出来事がこの30年間に起こっており、それはまた、その時々の日本社会の動向や問題点を実に正確に反映しているということです。ある意味でこれは、食とかかわる最新の日本社会の歴史的変化をつづる作業であるといえなくもありません。最初この仕事を依頼されたときは「面倒くさいなぁ」と思ったのですが、ひとたびやり始めると面白くなり、いろいろ調べていくうちに、これは食の歴史を専門とする研究者がぜひやるべき仕事ではないかと思うようになってきました。まさに日本における食の現代史なのです。

30年間で大きく変化した情報通信技術と健康意識

では、食から見た平成の30年史はどのようにまとめることができるのか。もちろん、食はあらゆる人間行動とかかわるので、多様なまとめ方が可能であることはいうまでもありません。個人的な関心に従ったものなので異論もあろうかと思いますが、私の歴史家としての感覚によると、おおまかに下記のような6つの要素に整理できるのではないかと思います。

1.食関連情報の肥大化(インターネット、SNS)
2.健康志向、健康食品の氾濫
3.安全・安心への懸念、頻発する食品偽装
4.格差の拡大、バブル崩壊後の経済低迷、貧困問題(特に子どもの)
5.食による地域経済・社会の活性化の試み
6.グローバル化の中での「和食」への注目

まず一つ目に指摘できるのは、この30年間の情報通信技術の飛躍的向上を背景として、食関連の情報があふれかえるようになったということ。いわゆるグルメ情報は、かつてはテレビと印刷媒体がほとんどを占めていましたが、いまやインターネットやSNSを介することが普通となりました。1996(平成8)年からサービスを開始した「ぐるなび」や2005(平成17)年から始まった「食べログ」などがその代表といえますし、家庭での料理に関しては1998(平成10)年から始まった「クックパッド」が多くの利用者を集めています。こうした電子情報の特性として、双方向での情報発信が可能であり、その結果、今やサイバー空間には膨大な食情報が集積されるようになりました。平成の次の時代には、おそらくAI(人工知能)によって、この食情報がどのように活用(あるいは悪用)されるのか、予測するのは難しいですが、人類にとって予断を許さない問題となるような気がします。

それとも関連しますが、健康や食の安全・安心に対する人々の関心や意識がここ30年で高まったことも指摘できます。これが二つ目のベクトルです。医食同源という言葉があるように、食と健康を結びつける発想は古くからありましたが、健康科学の発達とともに特定の食品成分の健康への効果が次々明らかにされ、それをテレビなどのマスコミが大きく宣伝するといった現象が、平成に入ると頻繁に見られるようになりました。国も、1991(平成3)年開始の特定保健用食品(トクホ)や2001(平成13)年から始まった栄養機能食品、さらに2015(平成27)年4月から導入された機能性表示食品などの制度によって、こうした傾向を後押ししています。こうしたことの結果として、巷には怪しげなものも含めて健康情報があふれ、「フードファディズム」という言葉が市民権を得るようにもなりました。今やスーパーやコンビニ、あるいはネット空間でもさまざまな健康関連食品が販売されています。ただし、これらのいわゆる「健康食品」を毎日食べ続けても健康になれるかどうか、それに関しては、氾濫する健康情報の信頼性をきちんと判断できるかという、自己責任の範疇にあるといわざるを得ません。

この問題と裏腹の関係にあるのが、最近30年間に頻発した食品偽装問題を背景とした食の安全・安心への懸念の拡大です。発端の一つと思われるのは、2000(平成12)年に起こった某有名乳業会社の製造した牛乳を原因とする大規模な食中毒事件。そして、2001(平成13)年に日本で初めて発生が確認されたBSE(いわゆる「狂牛病」)、さらにその翌年BSE対策を悪用して別の有名食品企業が行った食肉偽装事件と、食の安全への信頼性を損なう事件が頻発しました。とどめとなったのが2007(平成19)年で、この年にはミンチ肉を偽装した「ミートホープ」事件をはじめ、食品偽装事件が続発。一つひとつ挙げていけばきりがありませんが、いわゆる老舗といわれる食品メーカーや企業によるさまざまな偽装が発覚し、日本漢字能力検定協会が選ぶ「今年の漢字」は「偽」ということになりました。その後も、食品偽装だけではなく、有毒な農薬が食品に混入する事件や、2011(平成23)年の福島原発事故による放射能汚染問題など、食の安全性に対する懸念はくすぶり続けています。しかし他方で、トレーサビリティなどそれへの対策も少しずつ進みつつあることも事実です。

(後編へつづく)