日本初のフードインキュベーター「OSAKA FOOD LAB」の挑戦
「フードインキュベーター」という言葉を聞いたことはありますか? それは、食の分野で新しく事業を起こしたい人や、お店を開きたい人の支援をする団体や組織のこと(新たな事業の立ち上げを支援する活動やサービスを「インキュベーション」と言います)。欧米では以前から一般的だったものの、日本には皆無という状況が続く中、2018年、日本初の「フードインキュベーター」が大阪に誕生しました。それが「OSAKA FOOD LAB」です。場所は、梅田駅と中津駅の間の阪急電鉄高架下。どうやらそこが世界とつながっているらしい……? いったいどのような場所なのでしょうか。生みの親である株式会社Office musubi の鈴木裕子さんにお話を伺いました。
profile
-
株式会社Office musubi 代表取締役
鈴木 裕子(すずき ゆうこ)
日米の大学で学んだ後、外資系の通信機器メーカー、コンセプトメイキングの会社を経て、2007年に株式会社Office musubiを創業。OSAKA FOOD LABの企画運営を担う。
梅田駅からも中津駅からも歩いて5分程度の阪急電鉄の高架下にOSAKA FOOD LABはあります。中に入ると、約700㎡あるという敷地には、優に数百人は入れそうなイベントスペースと、複数の木製テーブルと長椅子、そして、貨物コンテナを改造して作り上げたプロ仕様のキッチンが3つ(イベントスペースもコンテナも、ワイルドでおしゃれ!)。「どうぞ、どうぞ~」という鈴木さんに招かれてそのコンテナキッチンの1つの奥のオフィスの中へ……。
長年の構想を経て生まれた“食の実験場”
―― とても素敵な空間ですね! まずは日本初のフードインキュベーターであるOSAKA FOOD LABの概要を簡単に教えていただけますか?
OSAKA FOOD LABでは、飲食店や食のビジネスを新規で立ち上げたい人などをサポートするべく、そうした意思を持つ方々に原則6か月ずつ、ここのキッチンを使ってもらい、実際にランチ営業なども行いながら、メニュー開発に取り組んでもらいます。同時に、開業や経営に必要なノウハウを伝授します。フードラボの名の通り、まさに”食の実験場”です。2018年8月にオープンしてから、すでに6名が卒業し、実際に開業した人も一人います(2020年1月現在)。食の分野で新たな道を切り開くために、私たちを存分に利用してもらえたらと思っています。
―― 鈴木さんはどのような経緯で、フードインキュベーターを始めようと考えたのですか?
私はもともと外資系の通信機器メーカーに勤めていて、仕事上は食とは全く違う世界にいました。ただ、飲食業を営んでいた母の影響もあって、ずっと食には興味があり好きだったので、独立して自分で事業をやるということを考えたときには、自然と食の分野でという気持ちになりました。
そして「日本の食の素晴らしさを世界に発信する」ということをテーマに株式会社Office musubiを創業。食品メーカーの海外販路の開拓や農業支援、老舗食品会社の事業継承などに携わるようになりました。その比較的早いころから、「日本でフードインキュベーターを立ち上げたい」という気持ちを持っていました。というのも、当時すでにアメリカなどではフードインキュベーターという存在が珍しくなかったのですが、日本はこれだけ食文化が発展していながらも全く聞くことがなかったからです。それなら自分でやってみよう、と思いました。
―― 日本にまだないものを立ち上げるのは、大変だったのではないかと思います。そのアイデアの実現に向けて、どのように動いていったのですか?
実現に向けてあれこれと策を練る中で、ご縁があった阪急電鉄さんにアイデアを話してみると、嬉しいことに面白がってもらえたんです。そして、「中津駅近くの高架下を使ってやってみないか」と。ただ、いきなり「フードインキュベーターをやる」といってもわかりにくいので、まずは何かここでイベントをやってみようということになりました。そこで、前からひそかに注目していたニューヨーク・ブルックリンの「スモーガスバーグ」をこの場所に呼ぼう!ということを考えたんです。
逆境を力にして、ニューヨークの人気フードマーケットを大阪へ
―― スモーガスバーグは、近年ブルックリンで大人気の大型野外フードマーケットですね。
はい。心地よい水辺の空間や緑豊かな公園に100店舗の屋台が集まって毎週末開催されるのですが、2011年に始まって以来拡大を続け、今や毎週2〜3万人が訪れる人気スポットになっています。私は仕事で日本とニューヨークを行き来しているので、前から気になる存在でした。
阪急さんとの話があった後の2014年頃から、大阪に呼ぶための交渉を開始したのですが、最初は全然相手にしてもらえませんでした。スモーガスバーグは当時すでに知名度も高く、私が話をしに行っても、「オオサカってどこ?」って感じで。おい、この!って思いましたが、私は逆境に燃えるタイプなので、それで火が付きました(笑)。何度もしつこく連絡して会いに行くことを繰り返したのですが、そのうちに少しずつ進展していき、実際に大阪に招く段階までに至ったら、この場所を見て「ここはいい!」とすごく気に入ってくれたんです。そうしてようやく実現することになりました。
―― すごい突破力ですね! そうして2017年10月の「スモーガスバーグ大阪」の開催にいたったのですね。
本場のスモーガスバーグは出店する店舗を厳しく審査して選ぶので、大阪でもそうするべく、一度ブルックリンで行われる審査に同席させてもらった上で、同じように審査して出店する店を選ぶことにしました。審査することに対して、賛否もありましたが、単なるイベントで終わらせないためにもそれは必要だと考えました。結果的には、既存の人気店10店舗ほどに出てもらうことになったのですが、条件として店舗では出してない新メニューを作って売る、ということをお願いしました。この条件が料理人魂を刺激したようで、皆さん前のめりになって新メニューを開発してくれました。
そうしてあれこれと未知な中で、バタバタと準備を進めて開催日を迎えたのですが、開いてみたらなんと金、土、日の3日間で2万5000人もの人が来てくれました。予想の5倍! ちょっとパニック状態にもなりましたが(笑)、まさに嬉しい悲鳴でした。しかも、土曜、日曜は大雨と台風だったにもかかわらずです。その結果を経て、いよいよフードインキュベーターを立ち上げる準備が始まり、翌2018年8月にOSAKA FOOD LABがオープンするに至ったのです。
「えーー!?ほんとに?」という提案から、一緒に新しいものを生み出したい
―― 最高のスタートを切れた感じですね。その後フードインキュベーターとしては具体的にどのような支援をしているのでしょうか?
オープンしてからの1年半で、ハンバーグ、から揚げ、リンゴ料理、コーヒーなど、様々なジャンルで新たな挑戦をしたい方が入居しました。彼ら“入居者”には、キッチンを提供してメニュー作りを支援するだけでなく、原価計算や不動産の見つけ方、資金調達の方法など、経営する上で欠かせない事柄についても、実際の経営者がマンツーマンで指導します。そして、試作したメニューをランチ営業やイベントにおいて実際に販売し、お客さんの反応を聞きながら、改良を進めていってもらいます。基本的なプログラムがあるとはいえ、みんなに同じことをやってもらうわけではありません。それぞれが必要としていることだけを効率的に学び、吸収してもらえるように、各自のニーズに応じてこちらも臨機応変な支援をすることを心がけています。
―― 実際に始めてみて、鈴木さんご自身はどのような感想を持たれていますか?
試行錯誤を繰り返す日々ですが、あまり型にこだわらずにどんどん新たな挑戦をしていくことが大切だなと感じています。運営する側として入居者への要望を言えば、もっともっと予想外の提案がほしい。思わず「えーー!?ほんとに?」って言ってしまいそうな提案をしてもらって、そこから一緒に考えて、新しいことを作り上げていく。そんな形が理想です。大変なことも多いけれど、まだ世の中にないものを形にしていくというのはやっぱり面白いなと感じながら、毎日次の手を考えています。
大阪を、世界とつながる“食の聖地”にしたい
―― 今後、OSAKA FOOD LABをどのような場所にしていきたいですか?
日本で食で何かビジネスを始めるならまずはここへ、と思ってもらえる“食の聖地”のような場になったら嬉しいですよね。ちなみに、スモーガスバーグ大阪は2017年から毎年開催していて、昨年の3回目からはいよいよ、出店店舗の中から選ばれた店舗がブルックリンの本場のスモーガスバーグに出店する権利を得られることになりました。昨年選ばれた2店舗は今年6月に出店の予定です。
スモーガスバーグは、アメリカで活動している人にとっても出店するのは難しいと言われています。その場所に、大阪経由で出店できるという道筋を作ることができたのは大きな一歩だと思っています。また、スモーガスバーグとは別に、今はスペインやタイとの連携に向けても動いています。私は2025年の大阪・関西万博の有識者委員会の委員にもなっているので、その時に向けて今から世界各地とのつながりを作って、日本の食を大阪から盛り上げていきたいという気持ちです。
―― 最後に、これから食の世界を目指す若い人たちに向けてメッセージをお願いします。
何をするにも、体験することが大切です。ネットで調べてわかった気になってはダメ。実際に足を運んで、食べてみる。そして自分が「こう感じた」と思う経験をどんどん積み重ねていってください。あとは、失敗を恐れないこと! 新しいことには答えがないし、何が正解かはわかりません。とにかく失敗なんてあたり前、という気持ちでやり続けていってもらいたいです。
それからもう一点、食のもつ可能性を知っておいてもらえたらと思います。私は通信機器メーカーで仕事をしていたとき、海外から来た現地の重役などを食事に案内する”胃袋担当“(笑)だったのですが、会議などでずっと難しい顔をしていた人もご飯を食べるときはみんな必ず笑顔になるということを実感するようになりました。人間、怒りながら食べたりすることはできないんですよね。食は、ただ食べることだけではない大きな力を持っています。そのような可能性をさらに大きく広げるべく、私もこれから動いていきたいって思っています。
鈴木さんにお話を伺いながら、ご自分の思いを形にするための行動力に圧倒されました。その原動力となっているのは、やはり食に対する情熱なのだろうと感じます。その強い情熱に導かれて、大阪が新たな食の発信源へとなっていく――。そんな未来が見えるような気がしました。
関連リンク
他にもこんな記事がよまれています!
-
Interview
2021.01.25
デリバリー特化型「ゴーストレストラン」が支持される理由
株式会社ゴーストレストラン研究所
吉見 悠紀 -
Interview
2021.02.10
大豆でつくる新感覚のごちそう。「プラントベースドフード」
不二製油グループ本社株式会社
小野 育子・福田 彩香 -
Interview
2017.04.19
異国の消費者に幸せを届ける、現地・現物主義の海外マネジメント
イオンベトナム ハノイ
石川 忠彦 -
Book
2018.02.26
グローバル企業の戦略を読み解く
-
Column
2023.09.25
学生の共食の実態から見たアフターコロナの変化と食
立命館大学食マネジメント学部
小沢 道紀 -
Interview
2021.03.24
テクノロジーで変貌する食ビジネス。700兆円市場への挑戦
スクラムベンチャーズ