2020.03.27

Book

漫画を通してお弁当を読み解く

今回は少し目先を変えて漫画・コミックの紹介です。ご紹介するのは、月刊コミックフラッパーという漫画雑誌に2009年から2015年まで連載された『高杉さん家のお弁当』という漫画です。研究者を目指す主人公と同居することになった従妹を軸にお話が展開します。ストーリーの題材として食品スーパーが出てきたり、水産会社が出てきたり、養蜂業が出てきたりと食にまつわる様々な事柄が丁寧に描かれています。他にもオーバードクターなど研究者養成の現場も極めてリアルに描かれています。また、同書の社会貢献に基づいて著者の柳原氏が日本地理学会賞を受賞するなど、漫画とはいえ学術的な内容も豊富に含まれています。それはさておき、ここではこの漫画を通じて「お弁当」について考えてみたいと思います。

「弁当」と「お弁当」

『高杉さん家のお弁当』著・柳原望(メディアファクトリー、2010〜2015年)

「弁当」と「お弁当」は何が違うのでしょうか。コンビニで売っているのが「弁当」、家族や恋人のために作るのが「お弁当」かもしれません。大切な人のために作るのがお弁当だとすると、ここに紹介するのはまさにお弁当の話です。お弁当を通じて、どのようにして私たちは人間関係を構築していくのでしょうか。そこには喜怒哀楽があり、作る人と食べる人の濃密な関係があります。決して誰が作って、誰が食べるのかもわからないで売られている「弁当」とは異なるお話があります。この作品に描かれるお弁当も同様です。

大切な人のために作るのがお弁当だといいました。お弁当には大切な人との関係である作る人と食べる人の関係があるということです。それは決してお弁当だけに限ったことではありません。本来、それはお弁当の食材である農産物や林産物、海産物を収穫/収獲するところから繋がっているお話でもあります。私たちは家族や友人など大切な人のためにお米や野菜を作り、魚や獣や山菜をとってきていたのではないでしょうか。その余剰を市場で売っていたとしても、少なくとも私たちの大多数が第1次産業を生業としていた時代には、そういう仕組みが少なからず機能していました。しかしながら、第1次産業を生業とする人たちの比率は縮小し、今日では「誰もが食べる、でも、ほとんど誰もが作りはしない」という状況にあります。そういう状況下でお弁当は大切な人が食べるものを作る、大切な人のために作るという上記の仕組みの一番最後の部分を象徴的に残している食の一形態ともいえます。

そこには本来、お弁当を作る方とお弁当を食べる方、すなわち米や野菜を作り、魚や獣を獲ってくる方とそれを食べる方の会話があったでしょうし、食べてくれる方に対する愛情と、作ってくれる(獲ってくれる)方に対する愛情が交わされていたはずです。お弁当のやりとり、,もともと食べるものを獲得することと食べることの間にあったそうした私たちの愛情に満ちた関係を思い起こさせてくれるものかもしれません。食べるものを誰かに渡すということは深い愛情がないとできません。私たちは食べないと生きていけないからです。

ご存知のように食べ物の生産から消費をむすぶ一連のつながりをフードチェーン、そのチェーンを動かす仕組みをフードシステムといいます。だとするとお弁当の受け渡しも小さな小さなフードチェーン、それを成り立たせている仕組みも小さな小さなフードシステムと捉えることができます。その小さな仕組みを主人公の日常の暮らしの中で描いたのがこのコミックです。食の生産と消費という味気ない言葉とは裏腹に、フードチェーンやフードシステムの未来や可能性を考える際に非常に重要な観点だと考えるのです。