デリバリー特化型「ゴーストレストラン」が支持される理由

コロナ禍で外食産業が大打撃を受けた2020年は、デリバリー・サービスが躍進を遂げた一年でもありました。そんなさなか、1つのキッチンで中華、韓国料理、タイ料理など複数のジャンルのメニューを提供するデリバリー専門の新業態「ゴーストレストラン」が注目を集めています。今回は、2019年1月に日本でいち早くこのサービスを始めた「ゴーストレストラン研究所」代表取締役・吉見悠紀さんにお話しを伺います。

profile

  • 株式会社ゴーストレストラン研究所 代表取締役

    吉見 悠紀(よしみ ゆうき)

    広告代理店を退社後、株式会社AKINDOを設立。日本企業のアジア進出促進を目指し、マレーシアを中心に食材の輸出やPRイベントを行う。その後、有名シェフのマネジメント、食のPR業務などを行い、2019年1月から1キッチン複数業態型のゴーストレストラン「Ghost Kitchens」を運営するゴーストレストラン研究所を設立。ガイアの夜明けを始めメディア出演多数。外食アワード2020受賞。

「食の空白」を埋める地域の台所

―― 2020年4月7日に緊急事態宣言が発令されたことを契機に、日本では「Uber Eats」や「出前館」などのデリバリー・サービスが広く知られるようになりました。国内の飲食店は、コロナ禍を機にデリバリーへの対応を迫られたわけですが、吉見さんたちはかなり早い段階からデリバリーに特化した「ゴーストレストラン」という業態を始めていたそうですね。

僕らが「ゴーストレストラン研究所」を立ち上げたのは、コロナが流行する約1年前の2019年1月です。その翌月には都内でカレーの提供を始めました。この頃はまだ「Uber Eats」を知っている人は日本国内でもそれほど多くなかったのですが、すでに海外ではデリバリー市場が拡大していて、日本は3年くらい遅れて進んでいるような状況でした。

―― 海外では拡大していたにも関わらず、日本が遅れていたのはなぜなのでしょうか。

その当時よく言われていたのは、日本は国土が狭いうえに海外に比べるとコンビニが非常に普及しているので、テイクアウトのニーズはあってもデリバリーはそれほど求められていないのではないか、ということでした。でも、僕はそうは思えなくて、これだけ経済的に発展している日本で、「Uber Eats」くらいしかプラットフォーマーがないのが疑問だったんです。

もしかすると、そういうことを言っている人たちには、僕が気づいていないデリバリー産業のマイナス面が見えているのかもしれない、とも思いました。そこで、とにかく自分でやってみないことにはわからないだろうと考え、会社を立ち上げてみたんです。


―― まずはカレーの提供から始めたとのことでしたが、すぐに手ごたえは感じられましたか?

当時はブランド力があったわけでもないし、何か特別なプロモーションをしたわけでもなかったのですが、「Uber Eats」に登録しただけでも1件や2件はぽつぽつと注文が入ったんです。何百食と注文を受けたわけではないのですが、それでも始めただけでこうやって注文が入ったというのは面白いなと思いました。それが最初の手ごたえでしたね。でも、マーケットとしては小さかったので、まだまだこれからという状況ではありました。

―― マーケットが大きくなってきたなと実感したのはいつ頃でしょうか?

「Uber Eats」が2019年の夏ごろにテレビコマーシャルを打ち始めたんです。このマス広告をきっかけに、マーケットが拡大し始めたように思います。僕ら飲食店側は、「Uber Eats」に35%の手数料を支払っているのですが、これってかなりの額なんです。1億円の売り上げがあったら、そのうち3500万円は手数料になるわけですから。なので、僕はこの手数料を「広告料」と考えるようにしています。

実際、2019年初頭はテイクアウト系のアプリがどんどん出てきていたのですが、そこから2年経ってみると、そちら側の市場はほとんど停滞してしまっています。一方でデリバリーはというと、テイクアウトに比べてお客さんの金銭的な負担が1.5倍程度かかるにも関わらず、市場が拡大し続けています。これはどういうことかと言うと、人は1.5倍のお金を支払っても、デリバリーの利便性に価値を感じるのだということです。この2年間で、そこの部分が見えてきたのは僕にとって最も大きな収穫でした。

―― テイクアウトの場合は自分で歩いて行ける距離にお店があるかどうかが重要になりますが、デリバリーの場合は人に届けてもらえるので配達範囲内でさえあればオーダーできますし、消費者側の選択肢の射程もデリバリーのほうが圧倒的に広いですよね。

それはインターネットによって可能になったことでもあると思います。以前はニッチすぎて売り上げが立たなかったようなプロダクトでも、インターネットで販売すれば世界中にいる「ニッチな層」にアプローチすることができます。配達さえ可能なエリアであれば、遠方でもプロダクトを販売でき、それによって売り上げを立てることもできる。「ニッチがビジネスになる」という現象は、インターネットのおかげで起きたことです。

―― 日本にもデリバリーのニーズがあるとわかった一方で、海外と日本の市場の違いもあったのではないでしょうか。日本でこの業態を浸透させていくために、吉見さんはどのようなアプローチをされているのでしょうか?

日本にあわせるためにしているという意識はあまりないのですが、「地域の台所」として機能したいとは常日頃から考えています。「ゴーストレストラン」という業態の特徴は、ひとつのキッチンで複数のジャンルの料理を提供できることです。その地域にはどんな需要があって、どのような料理が求められているのかを察知して、ニーズに合った料理を提供することが大事だと考えています。

―― となると、一度は出店したけれど、地域のニーズに合わなかったから取りやめて新たなジャンルのメニューに変える、ということもされているわけですね。

はい。実際、最初に提供していたカレーも、仕込みにかかるコストや受注数を勘案して、ある時期に撤退しました。当初はかなりの手間をかけてカレーの仕込みをしていたのですが、その手間と労力でほかのジャンルの料理も展開していこうとしたら、それこそ過労死してしまうぞと……。そこで仕込みを簡略化したメニューも作ってみたのですが、そうすると今度はお客さんからの注文も減ってくる。模索しているうちに「これだけ世間においしいカレーがあるなかで、僕らが僕らなりの効率化をはかったカレーを提供することって誰得?」と気づいたんです(笑)。そこで、次はサラダボウルを始めてみました。これは僕自身が「クリスプ・サラダワークス」のサラダボウルが好きで、食べたいなと思ったからなんです。


―― 吉見さん個人の欲求からサラダボウルをはじめたのですね。

そうです。当時はクリスプ・サラダワークスの店舗は中目黒・祐天寺エリアにしかなかったので、そこまで行かないと食べることができなかったんですね。つまり、このあたりのエリアにはサラダボウル屋さんがなくて、少なくとも僕という一人はサラダボウルを食べたい人間がいたわけです。ということは、あと何人かはそういう人がいるかもしれない、そう考えました。僕はこれを「食の空白」と呼んでいるんですけど。

―― 「食の空白」ですか。

ええ、本来、人間はみな食べたいものがバラバラなはずなのに、現代の食産業は経済効率や生産効率を重視した結果として、なるべくひとつのプロダクトを大量生産して多くの人に食べてもらう仕組みとなっているんです。吉野家さんやマクドナルトのように、あれだけのプロダクトをあれだけ大量に、安価に提供できることは確かにすごいことですが、その結果としてニッチなニーズに応えるプロダクトは排除されてしまった。それらはすべて「食の空白」です。僕らの役割は、その空白を埋めることなんです。

―― 「食の空白」は、単純な趣味嗜好だけでなく、消費者のライフステージや健康状態にも関係しそうですね。

そうですね。たとえば妊娠中の女性は食のニーズが大きく変わりがちですが、そのニーズに応えるプロダクトが十分にあるかといったら、まだないです。そういったニーズに対して、新たなプロダクトを出そうにも既存の業態だとリスクやコストの面からなかなか踏み出すことができませんが、ゴーストレストランなら、ほかのうまく回っているプロダクトに1つ新たなプロダクトを追加して挑戦してみる、ということができます。

―― 複数のジャンルのメニューを1つのキッチンで扱うことができるからこそ、新規ジャンルへの進出のリスクも軽減されるわけですね。

僕は、「ゴーストレストラン」という業態が外食産業のベーシックインカムになっていく可能性を持っていると思っています。日本の外食産業って、常に3割の飲食店が潰れているというかなりヤバイ状況なんです。そんな現状をみんなが当たり前のように受け入れていること自体、おかしいなと思うんですよね。これまでの業態だと、たとえばあるエリアにイタリアンのお店を出店したとして、そのエリアでイタリアンのニーズがなければそのまま方向転換できずに潰れるしかないんです。でも、ゴーストレストランなら、イタリアンをやってみてダメだったとしても、別のジャンルでやり直すことができます。そうやってPDCAサイクルを回しながらアップデートしていくことで、結果として地域のニーズにフィットした潰れにくいお店をつくっていけるわけです。

―― PDCAサイクルを回しながら、地域のニーズに応えてメニューを変え続けるということは、シェフの柔軟性や力量も問われると思いますが、いかがでしょうか?

僕らの会社にはシェフが1人在籍していますが、新メニューを作る際には彼女1人が担当するわけではありません。フードを撮影するフォトグラファーやデザイナーなど、専門性のあるスタッフが集まってそれぞれの視点から意見を出し合い、それを最終的にレシピとしてシェフが組み立てながら統合してく、というイメージです。

―― 新たなメニューをつくる際にはどのようなことを意識されているのでしょうか?

事前の仕込みさえしっかりとしておけば、あとはアルバイトスタッフがそれを使って調理できるようなレシピを心がけています。これからは限られた料理人を取り合うような時代になっていくと思いますし、限られたスタッフで無理なく現場を回せるように効率化することは重要だと考えています。


ゴーストキッチンズのキッチン

日本の外食産業には希望しかない

―― ここまでお話しを聞いていると、キッチンで実際に調理を担うスタッフの視点や、飲食店を出店する際のリスクの問題など、吉見さんが「現場」の視点を大切にされているような印象を受けました。「ゴーストレストラン研究所」を立ち上げたのには、何かご自身の経験も関係しているのでしょうか?

現場で働いた経験は学生時代のアルバイトくらいです。新卒で広告代理店に入社した後、そこを退社して食材の輸出会社を立ち上げたり、地方創生のPRのために地域と料理人の方をつないだり、いろいろとやってきました。有名シェフのマネジメントも2年ほどお手伝いして、銀座シックスのお店などの立ち上げをお手伝いさせてもらっていました。なので、現場というよりは、輸出、PR、マネジメントをメインにやってきたという感じです。でも、銀座シックスなどのお店を立ち上げる際には現場とシェフの間に入って調整役をやっていたので、ここでの経験や問題意識は今の仕事にも役立っています。

―― そもそも大学を出た後に入社した広告代理店を退職されて、外食産業へシフトされたのはなぜなのでしょうか?

立命館大学のメディアでこんなことを言っていいいのかわからないのですが、大学時代から食に興味があったかというと全然そんなことはなくて、僕自身は本当にだらけきった学生だったんです(笑)。広告代理店に入った理由も、「楽しそう」くらいのことしか考えていなかったタイプなので。

―― ここまでの吉見さんの印象とはずいぶんギャップがありますね(笑)。そんな学生だった吉見さんが社会人になり、なぜ起業を?

代理店に入社して真面目に働いてみたら、「俺めっちゃ仕事できないじゃん」と気づいたんです。さらに、世の中の会社を見渡してみると、年長者になるほど社会ではなく社内しか見えていない人が多いように感じて……。「自分がそうなるのはいやだな」と思いました。それで、大した展望もないまま、「日本とアジアをつなぐ」という大きな方針だけ決めて会社を辞めてしまいました。

―― 「日本とアジアをつなぐ」という発想はどこから来たのでしょうか?

学生時代にバックパッカーをしていたのですが、その時の経験として「日本と海外はもっとつながっていい側面がたくさんある」と感じていたのです。なので、代理店を辞めたあともマレーシア、インドネシア、シンガポールをひと月半ほどかけて回ってみることにしました。その道中で偶然見つけたのが、「食」という切り口だったんです。

―― どんなビジネスを発見したのでしょう?

当時、訪れた場所で僕はよく飲み歩いていたのですが、そこで出会った1人がマレーシアの有力な一族の方だったんです。その一族が、ちょうどマレーシアへ日本の食品を輸入する会社を立ち上げて1年ほどたった時期で、日本側の窓口がまだなかったんです。それならば僕がそれをやるよ、という話になって、食品の輸出業をやることになりました。それで、マレーシアからの指示を受けて、日本で馬車馬のように働いていました(笑)。

その後は、マレーシア側の意向もあってこの輸出業も辞めることになって、先ほどお話ししたように地方創生関係のPRなど、食に関係するマネジメントのお手伝いをしていたんですね。そうこうするうちに、外食産業のDX(デジタル・トランスフォーメーション、デジタルによる変革)というテーマが自分のなかで固まってきて、偶然ゴーストレストランという業態を知ることになったんです。

―― はじめからゴーストレストランを知っていたわけではなく、効率や生産性というもろもろの課題を解決したいというモチベーションからこの業態に行きついた、ということですね。

そうですね。まずは「ゴーストレストラン研究所」という会社名ではじめたのですが、当初はその業態でどのようにビジネスをしていくかという明確なビジョンはありませんでした。

―― はじめたときにコストやリスクの不安はなかったのでしょうか?

僕の場合、コストもリスクもやってみて気づくという感じです。いまでも、資金繰りなどで苦しんで吐きそうになることはありますから(笑)。


―― コロナ禍での不安もあって、これから社会に出る学生は、リスク面ばかりを考えてなかなか踏み出すことができない、というケースも多いのではと思います。そんな学生に向けて、吉見さんの視点からアドバイスなどあればお聞かせいただきたいのですが。

安易に何でもチャレンジしたほうがいいとは言えませんが、学生は何も資産がないことが強みというか、失うものがないので失敗したとしてもマイナスにはならず、チャラになって終わることができる、という強みはあるのではないでしょうか。

あとは外食産業で言えば、日本の外食のレベルは世界トップと言っていいほど高いんです。それこそ外食だけで26兆円のマーケット(2019年度)があって、そのトップのマクドナルドが売り上げ6千億円とかその程度なんです。ほかの自動車産業などであれば、トップ企業はもっとシェアを持っているものなのに、外食産業となるとトップのシェアがとても低い。つまり、小粒な業界なんです。それゆえに、ひっくり返せる可能性も秘めている産業だと思いますし、そこが面白さだと思います。

―― 希望のあるお話し、ありがとうございます。吉見さんがご自身の学生時代を振り返って、やっておいてよかったなと思うことはありますか?

僕は当時からハイパーメディアクリエイターの高城剛さんの本が好きで、「アイデア=移動距離」という高城さんの言葉にとても影響を受けてきました。家の中にいるよりは駅まで歩いたほうが情報をたくさん得ることができ、新たなアイデアを得るチャンスも増える。今はインターネットによってあらゆる情報が手に入る時代ですが、そこに書かれていることはいずれも誰かが書いた二次情報です。だからこそ、生の情報に触れて、体で感じることは大切なんじゃないかなと思います。

―― バックパッカーをされていた吉見さんならではのアドバイスですね。最後に、これから吉見さんが挑戦されたいこと、「ゴーストキッチンズ」の展望をお聞かせください。

ひとつは、先ほどもお話しした「外食産業のベーシックインカムをつくる」ということです。飲食店の3割が潰れてしまうような日本の外食産業の現状を変えたいです。飲食店のキッチンは、つねに調理に使われているわけではなく、必ず空き時間、休みになってしまう隙間時間があるんです。その時間をお金に変えることができれば、それは1つの不動産の生産効率を上げていくことにもなります。そこでゴーストレストランという業態を活用して、イタリアンのキッチンの空き時間に別の和食のレストランが活用してもいいわけじゃないですか。今後は、僕らがこの仕組みを提供することで潰れにくいお店を増やしていけるとよいなと考えています。

そしてもう一つは、食のパーソナライズです。

―― パーソナライズですか。

ええ。現状では、食の付加価値は「いかにおいしいか」という点に偏っています。その結果、あらゆるお店がおいしさを追究し、飽和状態になっているように思えます。でも、食の付加価値はほかにもあるはずなんです。たとえば、人間が口にするもので最も高価なプロダクトは薬ですよね。人はなぜ薬にお金を払うのかというと、それは健康を買っているわけです。医食同源とも言うように、本来、食と健康は紐づいているもののはずなのに、僕らが日ごろ納豆を食べていても、その効果を測る方法は実感値しかない。それならば、スマートウォッチなどのウェアラブル端末を使って、日々の食事がどのように健康に影響を及ぼしているのかを数値化すればいいと思うんです。数値化できれば、それは食の新たな付加価値となっていくでしょうから。

―― 「味」ではなく、「健康」に食の新たな可能性を感じているのですね。

ええ。先日、知り合いの生体データを調査する会社の人と話しをしていて面白いことを聞きました。一般にがんは遺伝すると言われたりしますよね。でも、実際に遺伝でがんになるケースは全体の1割にも満たないそうです。実際は遺伝子ではなく、生活習慣、食習慣が原因であることのほうが圧倒的に多い。今では、この数値が上昇してしまうと数年後にはがんになるよ、ということもわかるようになっていますし、日々の食生活がより重視されていくのではないでしょうか。

―― それもまた、「食の空白」を埋める新たな試みの一つなのでしょうね。新型コロナの影響で外食産業そのものに希望を失っている人も多いと思いますが、吉見さんはそうではないのですね。

もしもこの状況で外食産業に希望を失っているのだとしたら、それは安易だと思います。食という営みはこの先も絶対になくなることはありませんし、外食産業はいくらでも生まれ変わらせる余地のある業界です。希望しかない。僕はそう思います。


社会が劇的に変革を迫られているさなかにあっても、「食」という営みがなくなることはありません。テクノロジーとアイデアによって、地域のニーズに最適化されたサービスを提供する「ゴーストレストラン」は、コロナ以降の新たな食の在り方を指し示す、ひとつの指針なのかもしれません。日本では浸透しないと言われ続けてきたこの業態が、この先どのように発展を遂げていくのか。デリバリー市場の先行きは大いに期待できそうです。