シェフの味を食卓に。ロイヤルデリが提案するフローズンミール
1951年の創業以来、ファミリーレストランとしてはおなじみのロイヤルホストや、空港内・高速道路サービスエリア内でのフードサービス事業などを展開してきたロイヤルホールディングス。そんな同社が、家庭で世界の料理を楽しめる冷凍食品事業「ロイヤルデリ」を展開していることをご存じでしょうか? 2019年12月のサービス開始以来、右肩上がりで顧客を増やしてきたこの事業について、商品開発を担当した倉持敏一さんと、商品企画担当のリン・フォンションさんにお話しを伺いました。
profile
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ロイヤルホールディングス株式会社
ロイヤルデリ推進部リン・フォンション
2007年、ロイヤルホールディングス株式会社に入社、機内食の品質管理などを経て2017年より現職。「ロイヤルデリ」の商品企画に携わる。
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ロイヤルホールディングス株式会社
ロイヤルデリ推進部商品開発課長倉持 敏一
(くらもち としかず)1992年にロイヤル株式会社(現ロイヤルホールディングス株式会社)に入社、ロイヤルホストのメニュー企画部などを経て2020年より現職。「ロイヤルデリ」の商品開発に携わる。
レストランクオリティーの冷凍食品を目指して
―― 2020年4月に発出された緊急事態宣言を機に外食産業は軒並み大打撃を受けましたが、一方で躍進を見せたのがフードデリバリー事業などの「中食」でした。日々の生活のなかで、毎日デリバリーというわけにもいきませんから、必然的に家で自炊する「内食」をする人も増えたわけですが、ロイヤルグループが展開する冷凍食品事業「ロイヤルデリ」は、まさにその需要に応えたサービスと言えます。外食事業で知られる御社が、この「内食事業」をスタートすることになったきっかけはなんだったのでしょうか?
リンさん実のところ、ロイヤルデリ自体はコロナ禍以前の2017年から準備してきた事業なんです。弊社は現在、外食事業、コントラクト事業、ホテル事業、食品事業の4つの事業を柱にそのノウハウを培ってきました。あまり知られていないかもしれませんが、飛行機の機内食を提供する事業も創業としており、1962年から導入した集中調理方式と、1969年に立ち上げた「セントラルキッチン」で業務用食品を製造し、一括調理と冷凍輸送をおこなってまいりました。でも、これらの食品事業は自社を中心に対企業(BtoB)での展開が主となっており、直接、一般消費者の方々にはリーチできていませんでした。そこで、対消費者(BtoC)で長年培ってきたこのノウハウを展開することはできないか、と検討し始めたのがこのプロジェクトを始動するきっかけでした。
―― コロナ禍以前から、家庭での自炊、内食需要の高まりは察知していたのでしょうか?
リンさんはい。市場調査をする過程で、「自宅でもレストランクオリティーのおいしい料理を手軽に食べたい」というニーズが高まっていることは認識していました。それに、働きながら家族の介護をする人、共働きの世帯が増える中で、日本人のライフスタイルが大きく変化していることも経営陣を中心に意識はしていました。さらに、人手不足という喫緊の課題を抱えていたこともあり、これらの複数の課題を解決できないか、ということは検討し続けてきました。食をつくる仕事とは職人に近い業務なので、人材を育てるにはそれなりに時間がかかるんですね。そういった自社の課題と社会課題をかけあわせたうえで、「ロイヤルグループのノウハウをいかした課題解決ができないか」と考えた先に行きついたのが、「B to Cでレストランクオリティーの冷凍食品を提供する」というサービスだったのです。
―― 「ロイヤルデリ」の商品ラインナップを拝見すると、ナシゴレンやコスモドリア、ショートパスタなど、家庭で作ろうとすると手間がかかりそうなメニューが多いように思えます。通常、冷凍食品と言われてイメージするのは「自炊の手間の省略・簡略化」といったことですが、ロイヤルデリはそのイメージともちょっと違いますね。
倉持さんそうですね。冷凍食品であっても、レストランのクオリティーで提供できるものを目指して商品開発をしてきました。たとえば、パスタをロイヤルホストの店舗で提供する際には最後の仕上げでスタッフがひと手間を加えて完成させるんですね。その「ひと手間」の部分を、ロイヤルデリではお客様が自宅の鍋で商品を湯煎するだけで再現できるようにしています。
―― 本来はプロがやっていた工程を、冷凍食品で再現するのは難しかったのではないでしょうか?
倉持さん煮込み系のメニューは多少お湯に長く浸しても大丈夫なのですが、パスタは茹ですぎるとすぐに柔らかくなってしまうので、そうならないような商品にするのは難しかったです。ただ、先ほどもお話しした通り通常の店舗で提供するメニューも、弊社ではセントラルキッチンでベースを作り、ひと手間かけて仕上げることを店舗スタッフに任せています。ですので、仕上げをマニュアル化するプロセスを構築する、という意味ではこれまで培ってきたノウハウをいかしながら効率的に進めることができました。
リンさんお客様に提供する以上は厳しい品質チェックをクリアしなければならないのですが、その点でも弊社の長年の冷凍食品のノウハウはとても役立ちました。以前に品質チェックをクリアしている商品が自社にあれば、そのときの知見に基づいて開発することで時間的なコストは短縮できますから。通常、ゼロから商品開発をすると最低でも6カ月はかかるのですが、こういったノウハウをいかしつつ進めた結果、2019年12月の事業スタート時に25品だったメニューは半年で20品増えて45品となり、今ではさらに増えて47品提供することができています。
―― 短期間でそこまでの品数に増やそうという戦略は当初からあったのですか?
倉持さんはい。期間限定商品もあったので、それを入れれば50品は超えていますが、この50前後という品数はレストランで提供しているメニューの数とだいたい同じです。街のレストランと同じように飽きがこないラインナップをそろえてお客様に食事を楽しんでいただきたいという思いがあったので、早い段階でこの品数を目指すことにしました。
「食事」ではなく、「食卓」を提案したい
―― サービス開始時期は日本でコロナが猛威を振るう直前のタイミングでしたが、スタートから現在に至るまでで、消費者の反応はいかがでしたか?
リンさん「レストランクオリティーのフローズンミール」というコンセプトでスタートしたのですが、すぐにコロナで外出自粛期間に入ったこともあり、世間のみなさんも自炊に飽きてきて「家にいながらもっといろいろな料理を楽しみたい」という需要が高まってきました。そのような声を受けて、昨年(2020年)の10月にはリニューアルを行い、イタリアンやアジアンなど、世界各国の料理を取り揃えて自宅で楽しんでいただけるよう商品ラインナップを一新しました。
―― かなり大胆なリニューアルですね。聞くところによると、2020年の1~3月期と比較して、2021年の1~3月期はロイヤルデリの売上が7.3倍も伸びたとのこと。これはコロナ禍の内食需要の高まりや、リニューアルの影響もあるのでしょうね。
リンさんもちろん、売り上げ面ではコロナの影響は確実に受けているはずなのですが、ロイヤルデリのスタートの時期がコロナ直前の微妙な時期だったこともあり、比較対象となるデータも乏しく、正確なところはわかりません。ただ、興味深いのは、ロイヤルデリが売れている場所です。商品は、弊社のECサイトのほか、全国のロイヤルホストのレジ横や天丼てんや約80店舗などでも販売しているのですが、現状では実店舗で買ってくださるお客様のほうがECサイトよりも多いんです。
―― それは意外です。デリバリー感覚でECサイトで購入する方が多いのかと思いきや、そうではない、と。
倉持さんそうなんです。ロイヤルデリを買うためだけに店舗に来て下さる方もいるんですよ。ロイヤルホストに来られるお客様は年齢層が少し高めなこともあり、ご家族で食べるためにまとめて買っていってくださる方も多いようです。
リンさんでも、売上としてはまだ社内では駆け出しの位置づけで、コロナ禍で打撃を受けた外食事業の不足を補うほどの数字にはなっていません。これが上手くいったかどうかがわかるのは、もしかするとアフターコロナ以降なのかもしれない、とも思っています。私たちがロイヤルデリを単なる冷凍食品ではなく「フローズンミール」として定義したのは、お客様に「食卓」を提案したいという思いがあったからです。ですので、この先アフターコロナで世界がどう変化していくのかはわかりませんが、その部分は変わらずに提案し続けていきながら、ロイヤルデリをより多くの方に知ってもらいたいですね。
―― これだけ商品ラインナップがあると、買った人が自分でアレンジを楽しんだり、付け合わせを工夫してみることもできそうですよね。
リンさんはい。単品の商品としてだけではなく、自宅の食卓を華やかにするための商品の組み合わせや、食べ方も私たちから発信し、提案していきたいと思っています。私は以前、商品開発の倉持から「ロイヤルデリはおなかを満たすためだけの“メシ”ではないからね」と言われたことがあるんですよ。その思いは今も一貫しています。
倉持さん手間をかけずに楽しんでいただく、というのが大前提ではあるのですが、たとえばハンバーグにしても付け合わせの野菜にバリエーションがあれば何度食べても飽きが来ないですよね。私としては、そういった提案をすることでロイヤルデリの使い勝手が広がっていくといいなと思っています。
―― 倉持さんは商品開発者として、食べる際のアレンジのバリエーションなども提案されることは多いのでしょうか?
倉持さんそれがそんなことはなくて(笑)。というのも、私自身はもっとも美味しい状態になるように商品開発をしているので、ちょい足しという発想がなかなかできない立場なのです。それをやってしまうと、自分が開発している商品はベストじゃないのか、ということになってしまうので。
リンさんでも、今ではロイヤルデリを購入したお客様がInstagramやTwitterでハッシュタグをつけてアレンジを投稿してくださるので、私たちはそれを見て逆に勉強させてもらっていますよね。
倉持さんそれは大きいですね。私としても、お客様がハンバーグにチーズをトッピングしていたり、意外な組み合わせで食べたりしているのを見ると、次の商品開発の参考になりますし、そういった情報収集ができるのは今の時代ならではだな、と思います。
ネットでは触れられない体験をしてほしい
―― ここからはお二人の経歴や食業界に入ったきっかけについて伺いたいと思います。商品開発、そしてマーケティングと、ロイヤルデリをけん引する立場で働く倉持さんとリンさんですが、そもそもお二人がこの業界で働くことになったきっかけや動機はなんだったのでしょうか?
倉持さん私はもともとコックになりたくて、学生時代からロイヤルの店舗でアルバイトをしたり、高校卒業後も調理師専門学校へ通ったりしていました。当時はバブル前で、まだ日本でもイタリアンやフレンチの明確な線引きがない時代だったのですが、学校を卒業後に洋食店で働くことになり、仕事を覚えながら現場で勉強させてもらいました。そうしていくつかの洋食店を渡り歩くうちに、学生時代に働いていたロイヤルの社員の方からお声がけいただいて、ロイヤルホールディングスに入社したんです。20年近く店舗で働いたあと、ロイヤルホストの商品開発の部署に移り、今に至ります。
―― 学生時代から現場で磨いた技術が、今の商品開発の仕事に生かされているのですね。リンさんは、マレーシアご出身とのことですが、日本で働くことになったきっかけは何だったのでしょうか?
リンさん私は、食べたものが人の体にどんな影響を及ぼすのか、ということにとても興味があったんです。それで、日本の大学には食物科学を学べるところがあると知って、20年ほど前に留学で来日しました。でも、いざ勉強してみるととても難しくて……(笑)。結局、食物科学の道には進まなかったのですが食べ物はやっぱり好きだったので、弊社の機内食の品質管理を担う部署に就職して法務の仕事を6年間しました。その後、今の部署に異動してマーケティングを担当することになりました。
―― お二人とも、学生時代から「食にまつわる仕事に就きたい」という確固たる意志があったのですね。コロナ禍で社会の先行きが見通せないなかで、いま学生たちは自身の将来を考えながら学生生活を送ることに戸惑っている人もいると思います。倉持さん、リンさんが学生時代にやっておいてよかったと思うこと、社会に出てから役立ったことなどあればアドバイスをいただけないでしょうか。
倉持さん今の時代は、ネットやスマホのおかげで家に居ながらにしていろいろな情報を得ることができますよね。でも、料理って同じレシピで作っても人によってまったく違う仕上がりになってしまうもので、「情報」だけではうまくいかないものです。だからこそ、実際に現場で働かせてもらって、先輩の手さばきをよく観察して、盗んで覚えることがとても大切になってきます。それはネット社会になった今もきっと同じなんじゃないでしょうか。だから、料理に限らず、いろいろな大人と会って、コミュニケーションをとって、しっかり観察することは大切にしてもらいたいなと思いますね。その大人がどんな人間かの判断は、あとになって判断すればいいんです。大事なのは、若い時にそういう人たちの言葉に触れること。学生時代にかけられた言葉って、大人になってからもふと思い出して「こういう意味だったんだな」ってわかったりするものですから。
リンさん私の場合は留学生という立場からしか言えませんが、私は学生時代、立ち飲み屋さんでアルバイトをしていて、その時の経験はとても役立ちました。まず第一に、接客業なので日本語の勉強になるし、倉持さんが話したことにも通じますがコミュニケーションを学ぶことができたのはとても大きかったです。それから、ひとつ言いたいのは、結局どんな仕事でも辛いことには変わりはないということです。でも、辛い時に、自分が好きなことであれば頑張ることができます。だから、若いうちは自分が何を好きなのかをしっかりと考えて、それと向き合いながら過ごすといいのかな、と思います。
―― 不安定な時代ですから、必ずしも志望した企業に入社できるとは限りませんし、だからこそ「自分の好きなモノ」を突き詰めておくことは大切ですよね。
倉持さんそれは私も思います。最近では終身雇用も当たり前ではないし、転職しながらキャリアを重ねていく人が多いですが、転職するにしてもまったくの異業種を転々とするのはオススメしません。それは、自分が何をしたいのか、が定まっていないことの現れですし、前職の経験がなかなか活かしづらいですから。でも、はじめは志望した企業には入れなくても、その企業と同じ業界で、自分が興味を持てたり、好きな業界であればまずは働いてみることが大切だと思うんですよね。同じ業種でさえあれば、その経験は転職してもいかせますし、必ず役に立ちますから。「自分が何をしたいのか」。自分の中にひとつ柱を見つけることさえできれば、楽しく働いていけますよ。
コロナ禍は多くの不幸と不自由をもたらした一方で、日々の生活を見直し、より豊かな日常を求める人々の心を露わにするきっかけにもなりました。シェフの味を自宅で楽しめるロイヤルデリが多くの人に受け入れられたのは、「豊かで良質な暮らし」を社会が求めていることの証なのかもしれません。老々介護や共働き世帯の増加によって益々切迫する現代社会にあって、「食の喜び」を諦めずに追求し続けるロイヤルデリは食業界を照らす光明のようにも思えました。
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