食文化と芸能の相似 ー今あらためて照葉樹林帯文化をふりかえるー
西日本から台湾、雲南、タイ北部、ラオス、ブータン、ヒマラヤに広がる照葉樹林帯。そこで暮らす人々の食文化には共通点がありました。
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立命館大学食マネジメント学部 特別招聘教授
太田 達(おおた とおる)
1957年生まれ。有職菓子御調進所老松主人、有斐斎弘道館代表理事、 茶人(茶名宗達)、工学博士。専門は食文化、宴会論、菓子文化研究、伝統文化経営戦略論、花街文化論。令和2-3年度文化庁文化交流使。好きな食べ物は、乳製品とカラスミ。
照葉樹の代表「茶」の文化から見るブータンと日本の類似点
本年度、文化庁文化交流使という仕事を拝命しています。1年間の間に、多くの国々を訪問しイベントや講演をするという仕事です。今年の同期には、メディアアーティストの落合陽一さんや琉球舞踊の先生、書道家さんなどもおられます。私は伝統的な日本の食文化や茶道などの伝統芸能が担当です。いくつか希望国をあげるように指示され、過去に様々な事業や講義をおこなってきたフランス、イタリア、ポルトガル、エストニア、チェコ、ハンガリーなどのヨーロッパ諸国と、ネパール、ブータン、スリランカ等の南アジアを希望しました。コロナ禍の中で渡航は困難を極めましたが、ネパール、ブータンからオファーをいただき、10月にライブ配信でのオンラインイベントを実施しました。
ブータンでは「日本週間2021」に合わせて、「日本的な詩歌の表現法-和歌・菓子・歌・舞」(英題『Expressing Japanese Poetry: Waka, Confectionery, Song and Dance (JAPAN WEEK in Bhutan)』と題し、照葉樹林帯をテーマに開催しました。照葉樹林とは西日本から台湾、雲南、タイ北部、ラオス、ブータン、ヒマラヤに広がる植生のことです。照葉樹林帯では、椿や茶樹、森林や山岳に広がるモンスーン気候、その環境の中で、非常によく似た複合文化が形成されてきました。具体的には、焼畑、茶、納豆、絹、モチ、漆、歌垣、婚姻形態です。イベントでは「茶」を中心とした日本文化の連なりを「和歌・菓子・茶会・白拍子」を用いて表現しました。「花」「祭」など、ブータンと日本の類似点や対比点にもスポットを当て、比較文化的な洞察も取り入れた内容としました。
菓子は2つの和歌を作り、調整製菓しました。
“高山の 群青色の ケシのはな 雪間の谷に 清楚に笑う”
“真青なる 空の分かれか 雛罌粟の 幸ひ匂ふ 高嶺の御国”
太田宗達
日本には、古代より「歌垣」という和歌で語らう文化が存在しています。「歌垣」とは「歌掛き」が語源と言われ、『万葉集』にも「未通女壮士の 行き集ひ かがふ刊歌に 人妻に 吾も交はらむ 吾が妻に 人も言問へ」とあり男女間の求愛の儀式的なものと考えられます。これは農具王における、みのりを祈る「予祝祭」的な行事として、この照葉樹林帯に今も残っています。ブータンにも「ツアンモ」という恋愛のために詩を歌唱する文化があります。また衣食住のどれをとっても類似点が見出すことができます。例えば蚕を使い、その繭から糸を紡ぎ絹織物を生産してきたりであるとか、建造物として「鳥居」を村落と村落のボーダーサインとしての装置と考えると、滋賀県の湖南町に残る「勧請縄」と同義と考えることもできます。また食具としての漆の利用もあります。その他、顕著なものとして、クズ、ワラビなどの地下茎、カシ(どんぐり)、トチの利用方法には「水さらし」という技法が共通しています。「葛餅」「蕨餅」「栃餅」という我々日本人に馴染みの食べ物が出てきたところで、次はこのエリアに共通する特徴的な食物を俯瞰してみようと思います。
まず麹を使い醸造した「酒」、「シソの葉」(焼畑の後に植える民族が多い)があります。次に「納豆」大豆の発酵食品です。日本での文献上での初見は奈良時代ですが、縄文期より存在が推定されている「味噌」も同様です。そして、照葉樹の代表とも言える「茶」を飲用する習慣を持ちます。照葉樹林帯の西部である地域には、紅茶の産地であるダージリン、アッサムがあります。雲南省、台湾、浙江省などにはさまざまな加工茶があります。東端の日本は、緑茶や抹茶を飲み、世界でも稀に見る茶道を生み出しています。
照葉樹林で暮らす滋賀県民はネバネバ好き?
また、滋賀県の県民食とも言える「鮒寿司」(熟鮓なれずし)もこの地域の特色です。淡水魚の切り身を炊いたり蒸したりした米を、甕や桶に長期間漬け込んだ乳酸発酵を利用した保存食品です。「熟鮓」の材料として「コメ」が大事であるわけですが、この照葉樹林帯の食文化の要素の中で「米のもち性」です。イネ科植物には「もち性」と「うるち性」があります。その違いは、種子の澱粉にアミロペクチンが含まれているかいないかで決まります。このエリアで栽培され、食用にされている性質は、アミロペクチン100パーセントのもち種です。これは突然変異種であり、その特殊なネバネバの性質をあえて選び栽培してきた照葉樹林で暮らす人々の、たべものに対する嗜好性に注目すべきで、それは「ネバネバ」が好きということです。事例を挙げてみると「ういろう」「ちまき」「よもぎもち」「おこわ」「赤飯」などなどあります。特に「赤飯」は、赤米のもち種を材料にしていて、来客時や祭ごと、お祝いで使われています。我々の習慣と全く同じです。この食物文化の類似性は一体どんなふうに形成されてきたのでしょうか? 25年ほど前、太田が『餅菓子の系譜』という論考の中で指摘したのは、稲作以前このエリアの主力作物は「タロイモ系の芋類」要は「里芋」であったことにその因があるのではないかということです。「里芋」をゆがくと「ネバネバ」します。まさにこれがモチ好きの始まりと考えられます。滋賀県の田んぼを見てください。必ず里芋が栽培されています。立命館大学のびわこ・くさつキャンパスの近くには、御上神社(近江富士三上山の麓)のずいき祭りや、日野町に残る芋くらべ祭りといった、確かに照葉樹林の痕跡が沢山残っていますので、ぜひ見てみてください。そしてぜひ照葉樹林帯を訪ねてください。自分のルーツ感じられると思います。
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