健康のために楽しむバナナミルク ― 日本と韓国の乳食文化
イチゴミルクにバナナミルク。日本や韓国で人気のフレーバーミルクは、「ミルクは白!」という考えだったブルガリア出身の私にとって驚きの飲み物でした。
profile
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立命館大学食マネジメント学部 准教授
Maria Yotova(マリア ヨトヴァ)
専門は、比較食文化論、文化・経営人類学。ブルガリア出身であり、米食文化圏における乳製品の伝播と受容に研究関心を持つ。食の価値形成を経営者・生産者・消費者・研究者など様々なアクターの認識と活動が絡み合った過程と捉え、経営人類学的な視点から研究を進めている。好きな食べ物は銀ダラの西京漬け、キムチや納豆などの発酵食品。
イチゴにバナナ。日本や韓国で人気のフレーバーミルクにびっくり!?
日本では一般的に広く普及し当たり前の存在のイチゴミルク。しかし、ブルガリア出身の私にとっては、来日して初めて経験したフレーバーでした。友人の勧めで飲んだ時、強い甘さに驚きつつ、幼稚園の給食に出されていたライスプディングを思い出しました。米をミルクと砂糖で煮たこのデザートは、トルコやブルガリアなどバルカン諸国では定番のデザートです。私は、なぜか幼少期からそれに対して苦手意識がありましたが、イチゴミルクを飲んだ時に、ライスプディングを初めて食べた時の抵抗感がよみがえりました。しかし、甘さ以上に違和感を覚えたのは、イチゴミルクのピンク色です。それは、おそらく「乳=白い液体」と認識しているブルガリア人の乳の概念には当てはまらないからです。
2019年に、乳製品の調査で韓国を訪れた際に、日本を超えたフレーバーミルクの種類の豊富さに驚きました。イチゴやバナナはもとより、メロン、ライチピーチ、サツマイモ、トマトなど、ユニークなフレーバーから期間限定のものまで、いたるところのコンビニやスーパーに陳列されていました。特にバナナミルクは多くのブランドで販売されており、韓国ドラマにも登場するほど国民的飲料とされています。ここで興味深いのは、バナナもミルクも韓国の人びとにとって外来食であることです。その組み合わせと新たな発想から生まれた「バナナミルク」は、どのように韓国を代表する飲み物になったのでしょうか。
韓国で理想の飲み物として誕生したバナナミルク
韓国のバナナミルクが発売された1974年その当時は、バナナは簡単に手に入らない高級輸入品でした。一方で、牛乳は韓国政府の栄養政策において国民の健康増進のために奨励されていたものの、その匂いや風味が苦手な人が多く、牛乳の消費が伸び悩んでいました。そのなかで、高級果物と栄養価の高い牛乳が一緒に享受できる理想的な飲料として誕生したのがバナナミルクです。発売当初からその美味しさと飲みやすさが評判となり、子どもへのご褒美や温泉、列車旅の楽しみとして人気を博していたのです。今もなお、子どもや若者を中心に間食やおやつとして愛用されており、韓国だけではなく、中国や台湾、タイなどの東アジア・東南アジアの多くの国と地域にも普及しています。
2020年に韓国人大学生を対象に、米食文化圏の乳・乳製品の利用や認識に関する共同研究の一環としてアンケート調査を行いましたが、そこでは牛乳を「おやつ」や「デザート」と位置づける人が30.5%と非常に多いという結果となりました。その背景にはバナナミルクの影響が大きく、自由回答のなかでも一部の回答者から最も好きな乳製品として取り上げられていました。それに対して、日本のアンケート調査では、牛乳を「おやつ」や「デザート」と捉える人はわずか7.6%でした。その代わりに、コーヒーや紅茶に牛乳を入れて飲む人が韓国と比較して多い傾向が見られました。現在、日本のお茶文化を取り入れた抹茶・ほうじ茶ラテのようなミルクの楽しみ方が若者を中心に流行っています。
乳製品の伝統が長いヨーロッパで好まれるミルクとは?
他方、ブルガリアでは、ミルクは食事の一部として、小さな子どもからお年寄りまで日常食生活において、とても重要な位置づけを占めています。ココアやチョコレート飲料の材料として使われることもあり、子どもにとって飲みやすくするために、甘くすることはないわけではありませんが、バナナやイチゴミルクのようなフレーバー牛乳製品が存在しません。その理由は、ブルガリアでは、乳は白いものであり、白くなければならないという概念があるからです。ヨーロッパの10各国の人びとの乳に対する認識を明らかにした研究調査においても、ノルウェーやデンマーク、アイルランドなどでは「純乳崇拝」と言っても過言ではないほど、白くて味がついていない乳への強いこだわりが確認されています。特に北欧では、乳の白色が絶対条件として、市販品の「真正さ」を判断するうえでは重要な基準となっているそうです。乳製品の伝統が長いヨーロッパでは、乳は「善」であり、多くの人にとっては家族の健康や幸せ、自分の幼少期や親子の絆を象徴するものなのです。
フレーバーミルクに抹茶・ほうじ茶ラテ。嗜好や食文化と結びついて進化する乳食文化
乳食文化圏外にある韓国や日本の人びとにとっても、乳は国家政策や経済発展の影響を受けながら、ライフスタイルの変化とともに、健康・栄養食品として食生活において重要な役割を果たすようになりました。現在は、もはや西洋料理を連想する「外来食」ではなく、韓国のバナナミルクや日本の抹茶・ほうじ茶ラテのように、現地の人々の嗜好や食文化と結びついて親しまれています。私の研究調査において最も興味深い発見は、韓国と日本の人々が、欧米では知られていない組み合わせや用途で独自の乳食文化を作り出しているということです。
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