ポートランドに学ぶ、食を通した地域経済とコミュニティの活性化
「全米で住みたい街」として知られるアメリカ・オレゴン州最大の都市ポートランドは、「美食の街」としても有名です。地域住民の食に対する意識も高く、地産地消のスタイルが根づき、地元産にこだわった小規模なフードビジネスが数多く存在します。そんなポートランドで、NPO団体のエコトラストが2016年に立ち上げたプロジェクト「The Redd」(以下、レッド)のユニークなビジネスモデルへの注目が高まっています。今回は、レッドの管理に携わるエマ・シャラーさんにお話しを伺いました。
profile
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エコトラスト オペレーションディレクター
エマ・シャラー
大学卒業後、フードポリシーやオペレーション管理の分野に携わる。2017年にNPO団体のエコトラストに入社。「The Redd」のプロジェクト管理に携わる。現在はエコトラストの全施設の監督を任されている。
地域のスモールビジネスをサポートするレッドの考えとは
―― ポートランドは自然環境に恵まれ、土壌豊かな農地で育った農産物や海の恩恵を受けて得られる水産物など、豊富な食材がこの地域の食文化を育んできました。そのため、地元産の食材を積極的に使用するレストランがポートランドにはたくさんあります。レッドは地域の食品経済の活動拠点として、フードシステムのサポートと地元の生産者と消費者をつなぐコミュニティ、その両方をサポートするユニークな施設ですね。
そうですね。レッドは、経済発展・社会的公平・環境福祉をミッションに掲げ、営利と非営利の活動分野を組み合わせたハイブリッドな組織である「エコトラスト」によって立ち上げられたプロジェクトです。元々はスチール工場だった建物をリノベーションしたレッドの施設には、冷蔵・冷凍倉庫、常温倉庫、業務用キッチン、消費者向けのイベントスペースがあります。これらのレッドの設備は、小規模な地元の農家や牧場主、漁師、食品メーカーがレンタルできる設備として用意しました。たとえば、家族で運営している農家の場合、収穫した農産物を保存しておきたいけれど、大きな冷蔵庫を借りるにはコストがかかりすぎますよね。レッドでは、冷蔵・冷凍倉庫の一部のスペースだけをレンタルできる仕組みにしています。さらに、自分が借りたスペースをサブテナントとして貸し出すこともできますよ。レッドのこの仕組みには、私たちのミッションが反映されているんです。
―― スモールビジネスをサポートする素敵な仕組みですね。レッドのコンセプト自体はどのようにして生まれたのでしょうか?
2013〜2015年の間で、ポートランドのレストランシーンは爆発的に伸びました。それに伴い、地元産の農産物や水産物の需要は高まっていたのですが、私たちのもとには農家や牧場主から、「ポートランドにはインフラが不足している」という声が届いていました。2015年にインフラのギャップ分析を実施したところ、農家、牧場主、その他食品メーカーの流通について、「ラスト・マイル」(最後の約1.6km)問題を解決する必要性が非常に高いことがわかったのです。つまり、レストランや消費者に食材や食品を届けるために、それらを集約して配送するソリューションのニーズがそこにありました。そのニーズを満たすために、レッドが誕生したのです。
―― 地域のフードシステムをサポートするために誕生したんですね。レッドには「the good food movement」という言葉がありますが、これはどのような考えなのでしょうか?
人は生きるために食べ物が必要であり、人は食べることが好きです。だから私にとって「good food」は、誰もが手にしやすく、シェアできる食べ物のことを意味します。「the good food movement」は、食をきっかけに人々が集まり、これまで交わることのなかった人たちが食についてディスカッションすることで、イノベーションとソリューションが起こること。その先には、食資源を分かち合い、食の正義についての理解がより進んだ世界があると考えています。
―― コミュニティ機能を併せ持つレッドらしい考え方だと思います。レッドのコミュニティではこれまでにどのような相乗効果が生まれているのでしょうか?
独立している企業は強いですが、他社とつながればさらに協力になりますよね。その考えをもとに、レッドでは様々な分野の小さな企業がひとつ屋根の下に集まることで、生産、保管、販売、流通のすべてを提供できるようになっています。これはとてもユニークな仕組みだと思います。私たちのアプローチは、起業したばかりの会社や事業展開を考えている会社にとって、活用しやすいものになっているのです。一例として挙げると、あるナッツバターの企業がレッドで業務用キッチンをレンタルし、製品の内部テストと消費者テストを行いました。その後、倉庫スペースとオフィススペースを借り、流通加工の代行を依頼しました。すべてレッド内で完結しています。その会社はファーマーズマーケットでの販売からスタートし、大手スーパーマーケットであるホールフーズマーケットに売却するほど成長しました。
―― レッドのコミュニティがあることで、スモールビジネスで起業しようと考えている人や企業が、チャレンジしやすい環境になっているんですね。レッドの利用者からはどのような声が届いていますか?
コミュニティメンバーはレッドをとても気に入ってくれます。市場価格より安く利用できますからね。レッドの中核となるテナントの1社は、B-Line という物流会社なのですが、B-Line は100以上の食品会社に倉庫スペースを貸していて、その結果ポートランドのスーパーマーケットであるニューシーズンズとの間で、配送システムを確立することに成功しています。この点もコミュニティメンバーにとって大きなメリットになっていますね。もちろん私たちにはいくつかの苦情も寄せられていますが、それは主に電気やガスなど公共料金の値上げに対することです。
変化を起こしたいという欲求がイノベーションを生む
―― これからレッドで新たに挑戦したいことは何かありますか?
レッドにおける人種的平等を推進することですね。歴史的に私たちは白人が支配する組織でした。そのため2015年にインフラのギャップ分析を行ったとき、主に白人である私たちが知っている人々にインタビューしました。Communities of color(白人以外のコミュニティ)に焦点を当てていなかったため、そのコミュニティのニーズを完全には理解していませんでした。結果、そのコミュニティからのメンバーが少な過ぎる状況です。今、その問題を解決しようとしています。
―― レッド最大の課題ですね。ここからは「仕事」について聞かせてください。エマさんはレッドに携わる中で、どのようなところに面白さを感じているのでしょうか?
私の仕事の最も興味深い部分は、レッドのテナントおよびサブテナントとの交流です。食品会社を経営し、日々の現実に直面している人々と会話するのは本当に刺激になります。彼らとの会話から学び、自身の成長の糧にしています。また、食を通じて異なるバックグラウンドを持つ人々が集まる the good food movement のような体験も楽しいですね。この前レッドで、メンバーの漁師が他のテナントにスモークサーモンの缶詰を配っていて、そこで様々な会話が生まれていました。そのような瞬間に出会うのが本当に好きですね。
―― まさに the good food movement の瞬間ですね。これからの食ビジネスについては、どのような可能性があるとお考えでしょうか?
より広いレベルでは、食ビジネスにはあらゆる種類の可能性があると思います。新しいビジネスモデルをつくって実行することはできるでしょう。ただし、忍耐力、回復力、活力が必要です。より具体的なレベルでは、人々をつなぐためのスペースをつくれる可能性があると思います。従来のフードシステムから排除されたり、新しい食ムーブメントを立ち上げたい人には、自分のスペースが必要です。そんな人たちが、食品を一緒に開発し、新しい仕組みを作り、交流ができる場所が必要なのです。
―― レッドの取り組みに通じる部分ですね。エマさんはこの仕事をする上で必要な素養は何だと思われますか?また、普段はどのようなことにアンテナを立てているのでしょうか?
この仕事にはもちろん食品関連業務の実務経験が必要です。しかし、対人スキルも同様に重要だと思います。人間関係を築いていく仕事ですからね。様々なバックグラウンドの人々と交流する必要がありますし、その人たちの話を聞き、彼らの問題についてともに考え、情報を共有し、そしてアドバイスする仕事なので。そしてもう1つの重要なスキルは、異なる分野(生産・保管・流通・小売等)の人々を集めて、新しい物流モデルを作成するスキルも求められます。私のアンテナについては、コミュニティメンバーの新しい製品やハブとなる事業がどのように成長し、世界に羽ばたいているのかという点ですね。あと、気候回復力に基づいた美味しい食べ物にも興味があります。
―― 食ビジネスにこれから挑戦する若い世代の人々には、どのようなことを期待しますか?
食ビジネスで成功したい人にとって最も重要なことは、新しいアイデア、エネルギー、目的意識、そして喜びをもたらすことについての自己理解だと思います。世界の課題と公平性をクリアするために変化を起こしたいという欲求があるなら、それは大きな原動力になります。外向的であることや、修士号または博士号を取得することはそれほど重要ではありません。人柄、希望、夢の方が大切です。
―― 食ビジネスだけではなく、何かを成し遂げるためには一番大切なことですね。最最後の質問になるのですが、エマさんはこの仕事を通してどのような社会を実現していきたいと考えているのでしょうか?
レッドで学んだことを活かして、フードインフラにアクセスできなかった人々に機会を提供したいと考えています。これは物理的なインフラを構築した上で、クリーンで無駄のない基準での運用を確立し、スペースの共有所有権を有効にした状態のことです。そのためにも、企業が利益を上げられるように支援すると同時に、コミュニティづくりにも注力していきたいと考えています。地産地消によって地域がより活性化し、地元のフードビジネスの利益も成長する。私はそんな社会を実現したいと考えています。
スモールビジネスをつなぎ、人をつなぎ、新しいフードシステムをつくるだけではなく、経済発展・社会的公平・環境福祉を満たすことがゴールであると語るエマさん。レッドの取り組みがポートランドにどのような好循環を生み出していくのか期待するとともに、私たちが暮らす地域の食に改めて目を向ける機会となる取材でした。
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