チョコで人を幸せに。ポッキーブランドマネージャーの仕事って?

発売開始から52年、チョコレートスナックの代名詞として君臨しつづけるポッキーブランド。その司令塔として、新商品の企画から開発、プロモーションまでのすべてを担うのが江崎グリコ、チョコレートマーケティング部ポッキーチームです。ブランドを守り、強くする秘訣、ロングセラーゆえの課題、そして次なる野望とは……? ポッキーチームを率いるブランドマネージャー・田中国男さんに、たっぷりとお伺いしてきました。

profile

  • 江崎グリコ株式会社 チョコレートマーケティング部
    ポッキー企画グループ ブランドマネージャー

    田中 国男(たなか くにお)

    1992年、江崎グリコ株式会社入社。冷菓(アイスクリーム)の営業を9年間勤めた後、2001年に当時の冷菓開発企画部(現在のアイスクリームマーケティング部)へ。2014年11月より現職に就く。

開発からプロモーションまで。ポッキーブランドの司令塔

―― 「チョコレートマーケティング部」とは、どういったことを担う部署でしょうか?

「ポッキー」「カプリコ」「アーモンドピーク」など、江崎グリコが取り扱うチョコレートブランドのコンセプト開発からプロモーションまで、一貫してマーケティングに関わる全ての業務をリードしていく部門です。企業によってはコンセプトを作る人、中身を作る人、パッケージを考える人、プロモーションを計画する人……と、「リレー式」で業務をつないでいくケースもありますが、江崎グリコではブランドごとにひとりのスタッフが最初から最後までを担当します。

私のチームは「ポッキー」ブランドを担当しており、4人の部下たちとともに20種類ほどあるポッキーシリーズをどういう戦略のもとに展開していくのか、5年後、10年後、もっとその先まで、どんな成長をつづけていけるのかを考えています。


1966年のデビュー以来、進化を続けているポッキー

―― あれほど国民的なチョコレートスナックの企画からプロモーションまでを、ひとりの人が担当しているとは驚きました。幅広いスキルが必要になりますね。

そうですね。とはいえ、若いスタッフに求めるのはマーケティングの知識、技術よりも「人を巻き込む力」です。商品がアイデアの段階からカタチになって店頭に並ぶまで、研究所、工場、営業……、いろいろな人の協力が欠かせません。短くても1年、長ければ3年以上、自分自身がプロジェクトリーダーとなって関係者をどれだけ動かしていけるかが、求められるスキルになると思います。

―― その中で田中さんは「ブランドマネージャー」という肩書きをお持ちです。どのような役割を求められるのでしょうか?

スポーツチームで言うところの「監督」です。どうすればチームのメンバーみんなが成果を上げられるのか、そのことをいつも考えています。「難しいことはどんなことか?」と聞かれれば、「難しいことばかりです」と答えます(笑)。仲間はみんな一生懸命やってくれています。それでも成果が出ないときもある。そんなときにどうすればいい結果に導いてあげられるか、どう声をかけるか、ゴールを示すか。本当にいろいろ悩みますよ。

お客さまからの「おいしい」が、何よりも喜び

―― 新商品の開発にあたって、一番時間のかかるパートはどこですか?

最初の部分、着想してコンセプトを作るまでが一番長くなります。マーケティングの肝は「お客さまの意識と行動をどうコントロールできるか」。これまでポッキーに興味がなかった人、いつも他社さんのお菓子を買っている人たちがポッキーを食べたくなるようにしなくてはいけない。その意識変容を促せるのがコンセプトであり、それを体現するのが商品になります。だからコンセプトづくりが一番大切で、時間のかかるところ。たまたまのヒットはありません。課題と解決策をひとつひとつ掘り下げていかなければいけません。

よく陥りがちなのは、目的と手段が入れ替わってしまうこと。たとえば「新しいポッキーをつくる」というテーマに対して「青い箱のポッキーを出しましょう」はあくまでも手段。青い箱は新しさを伝えるための方法でしかないわけですが、プロジェクトに没頭しているといつの間にか「青い箱のポッキーをつくること」が目的のように錯覚してしまうケースが往々にしてあります。それをもう一度目的に立ち返って考えられるように担当者を導くのも、ブランドマネージャーである私の役割ですね。

―― コンセプトづくりが大切。その一方でコンセプト通りの商品に仕上げるのも苦労が多そうです。

そうですね(笑)。もちろん仕事なので制約もたくさん出てきます。お金、設備、時間、数え上げればきりがありません。もしかしたらプロジェクト関係者の中には、自分の考えたコンセプトやアイデアに乗り気じゃない人もいるかもしれない。どれほどコンセプトが立派でも、出来上がったものが「いつものポッキーと変わらないね」じゃ意味がありません。だから制約や課題があるのは百も承知で、どこまで突破していくか、考えていた形にどこまで近づいていけるか。これは難しさであり、醍醐味でもあります。


―― そうした苦労が報われたと感じるのはどんなときですか?

お客さんに褒めてもらえるときが、やっぱり一番嬉しいです。お客さまセンターには問い合わせだけでなく、「美味しかった!」「こんなポッキー、はじめて食べました!」「感動しました!」など、お褒めの言葉も結構届くんですよ。他にはSNSのコメントやWEBサイトのレビューをドキドキしながら読んだり。お客さまの幸せにつながっているのを感じられると、この仕事をしていてよかったと思います。

「Share Happiness!」を世界共通の合言葉に

―― 初代ポッキーの発売から半世紀以上が経ちました。ここまで長く愛されてきた理由は、どこにあるとお考えですか?

理由はいくつもあると思いますが、ひとつ挙げるとするなら「ポッキーはブランドとして、お客さまのことを考えて進化をやめなかった」からではないでしょうか。ポッキーのはじまりは「プリッツにチョコレートをつけて食べるとおいしい」というシンプルなアイデアでした。しかし端から端までチョコレートでコーディングしてしまうと、食べるときにお客さまの手が汚れる。そこで試行錯誤の末たどり着いたのが、少しプレッツェル部分が残っている、つまり持ち手がある今のポッキーの形状です。

そのようにお客さま想いのもとに誕生したポッキーは、袋から出してみんなで分け合えることから、集まりの場所で重宝されるお菓子になっていきました。そして、ポッキーが楽しいコミュニケーションのお手伝いをする存在になりつつあるタイミングで生まれたのが「ポッキー〈極細〉」。一本一本を細くすることで、同じパッケージの中にたくさん入れられて、もっと大勢の人と分け合える。これも、お客さま想いのコンセプトから生まれた商品です。

もちろん、50年以上の歴史の中でたくさんの失敗もしてきました。それでも決して同じ場所にとどまることなく進化をつづけてきた、その積み重ねがあるからこそ、今も存在できているのだと思います。時代のニーズに合わせて進化する。これはポッキーに限らず、世の中にあるロングセラー商品はすべて同じだと思います。

―― ポッキーはすでにチョコレートスナックの定番とも言えるポジションを獲得しています。これからの課題があるとすれば、どんなところでしょう?

定番といえども、決して安泰だとは思っていません。おかげさまで日本に暮らす人の中でポッキーの知名度はほぼ100%。一度でも食べたことのある人も80%を超えています。しかし、「そういえば最近買っていない」という人がとても多い。こうした人たちをどうやってもう一度ポッキーに呼び戻すか、は課題のひとつですね。

また、人口ボリュームが大きい40代、50代にはもっとポッキーを買ってもらいたいと考えています。日本のチョコレート市場全体は伸びていて、この世代もたくさん買っている。だけど、普通のポッキーはなかなか買ってもらいにくい。これを解決するために、最近では大人向けの商品開発にも力を入れています。たとえばウィスキーによく合うポッキー『大人の琥珀』や、ワインに合わせたくなるポッキー『女神のルビー』。これらは主にEコマースで販売していますが好評で、大人世代とポッキーの接点を増やすのに一役買ってくれています。


ウイスキーとの相性が絶妙な「大人の琥珀」。2016年にAmazon限定で発売したときは、発売後4日間で完売した

―― ポッキーといえば「Share Happiness!」のスローガンが有名です。ここにはどんな思いがこもっているのでしょうか?

ポッキーには「みんなで分け合える」という、とても大きな価値があります。ポッキーは人と人のコミュニケーションをお手伝いできる存在だと思うんです。極端な言い方をすれば、ひとりで食べるときはポッキーでなくてもいい。だけど、誰かと一緒に過ごすシーンではぜひポッキーを選んでほしい。ポッキーが分けやすいお菓子であることはすでに多くの方に知られていますが、さらに「ハッピーな気持ちや楽しい時間を共有できるお菓子」にまでイメージを広げたいと思っています。「Share Happiness!」はそのためのスローガン。世界中で展開するすべてのポッキーのパッケージに、この言葉を入れるようにしています。

こうした思いは言葉だけでは伝えきることができません。だから2018年4月から行う春のキャンペーンでは、スマートフォンアプリと連動したプロモーションを展開する予定です。親子でポッキーとスマホを持って外に出かけ、分け合って食べることで楽しい思い出ができるようなもの。これがきっかけとなって、ポッキーファンの子どもたちが増えてくれると、とても嬉しいですね。

大切なのはマーケティング知識よりも、人への興味

―― これから食ビジネスに進みたいと考えている若い世代には、どんなことを求めていますか?

視野を広く持ってほしいと思います。食ビジネスに関わろうと思っているなら、当然食べることや、食べ物への興味は持っているはず。しかしそこにとどまっていないで、「食べる人」にも関心を広げるともっと大きなことを考えることができます。食べ物は人を幸せにできるもの。食べ物そのものではなく、人の幸せにまで思いを馳せられるようになってほしいですね。

ビジネスの知識や経験は働いている間に身についていくと思います。だから、いつか食ビジネスに関わりたいのなら「舌」も鍛えておいてほしい。本当においしいかどうかは経験がないと判断できません。だから、ときには奮発してお寿司を食べたり、フレンチに行ってみたりしてほしいですね。舌のものさしを持っておくと、ゆくゆくはとても仕事に役立つと思います。


50年以上にわたって愛されてきたポッキー。田中さんの言葉の端々からは、その司令塔として国民的ブランドを守り、成長させる苦労とプライドを感じ取ることができました。時代が流れても、ラインアップが増えても、商品の根底にあるのは「食べる人を想う心」。今、その哲学は「Share Happiness!」というスローガンに受け継がれ、世界中へと広がりつつあります。いつもスマホとにらめっこ、ちょっとギスギスすることも多いこんな時代だからこそ、ポッキーを分け合って笑い合う。そんなひとときが必要なのかもしれません。