「おふくろの味」はどんな味?
実家に帰ると、食べたくなるもの。故郷の定番料理。忙しい毎日の中、ふと思い出す懐かしい味。誰しも、そんな料理の一つや二つはあるはず。「おふくろの味」「故郷の味」という言葉が、使い古されながらも残り続けているのは、私たちの心の中に、遠い懐かしい味の記憶が生き続けている証拠なのかもしれません。人々が慣れ親しむ「おふくろの味」とは、どのような味なのでしょうか?
profile
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立命館大学食マネジメント学部 准教授
鎌谷 かおる(かまたに かおる)
専門分野は歴史学(日本史)。近世・近代日本の漁業の歴史、気候変動と食の関係史について研究している。好きな食べ物はスイカ。
琵琶湖の食文化
近江国(現在の滋賀県)の琵琶湖周辺で人間が暮らし始めたのは、およそ2万年前。以来、自然のめぐみを生かした食生活がはじまり、様々に形を変えながら、食文化として今につながっています。私は、琵琶湖の魚をめぐる人々の暮らしや漁業活動を通じた社会秩序のあり方について、これまで研究を行ってきました。私の専門とする歴史学という学問は、当時あるいは後世に記された史料を読み解きながら、各時代の社会のあり方を解明しようとするものです。なかでも、昔の人々がたくさん文章(古文書と言います)を書き残した江戸時代について、研究をしています。
江戸時代の琵琶湖の漁業を調べていると、漁法や漁業範囲、獲れる魚の種類や、季節による漁法の違い、餌の入手など、いろいろなことがわかってきます。しかし、獲れた魚がいったいどのような味だったのか、いかなる調理法があったのかについて記されたものは意外に少なく、なかなかその実態を知ることができません。
江戸時代に生きた近江国人にとっての「おふくろの味」はどのようなものだったのでしょうか?
食べたらわかることがある
私は、16年前から滋賀県高島市のある地区をフィールドに研究をすすめ、研究仲間とともに、地元の方にお借りした住まいに研究所を設置し、月に数回そこで時を過ごしています。その地区では、毎年夏の祭りの季節になると、各家庭で鰣(ハス)という魚をつかった熟鮓をつくります。はじめてハス鮨を食べた時、慣れない熟鮓の味に、箸の手がとまったことを思い出します。しかし、毎年食べていくと、不思議なことにだんだんと美味しく感じるようになるのです。そして、今では、各家庭や店舗による味の微妙な違いすら感じ取れるようになりました。
塩加減や熟成の度合い、使う水や、作り手人の技術や思い。「おふくろの味」や「故郷の味」は、そうしたものが絡み合いながら連綿と引き継がれてきたものだということを、そして、それを守り伝えることの大切さを、毎年食べるハス鮨が私に教えてくれるのです。
言葉にできないことを読み取るために
昔から引き継がれてきた「おふくろの味」「故郷の味」。今はもういない江戸時代の人々にインタビューをすることはできません。しかし、今に続く食文化のルーツを探る方法はまだまだたくさんあると考えています。
過去の人々の慣れ親しんだ味がどのような味だったのか? 古い書物を紐解きながら、そのメッセージを言葉や行間から読み取り、それを未来に伝えること。それが私の大切な仕事の一つだと思っています。
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