東大発「食べられるセメント」がめざす“押しつけがましくない消費”とは
規格外の野菜や加工時に出る端材など、私たちが食糧を生産・消費する際に廃棄される食材は世界で年間約13億トンにものぼると言われています。東京大学・生産技術研究所から立ち上がったベンチャー企業fabula(ファーブラ)は、そんな廃棄野菜やコーヒーかすを独自の技術によって粉末化し、加工。「食べられるセメント」を事業化し、注目を集めています。今回は、同社の代表取締役CEOを務める町田絋太さんに、この新素材の開発の経緯とプロダクトにかける思いを伺いました。
profile
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fabula株式会社 代表取締役CEO
町⽥ 紘太(まちだ こうた)
東京大学工学部卒。幼少期をオランダで過ごし、環境問題に興味を持つ。世界約60か国以上を旅⾏。東京大学生産技術研究所 酒井(雄)研究室にて、「100%食品廃棄物から作る新素材(特許技術)」を開発。2021年10月、小学校からの幼馴染3人とfabula(ファーブラ)株式会社を設立。
葉物野菜がセメントに向いている理由
―― fabulaが開発した「食べられるセメント」は、廃棄食材を原料として生み出されている点でとてもユニークですが、驚くべきはその強度です。白菜の廃棄物でつくった素材であれば、コンクリートの約4倍もの曲げ強度を誇るそうですが、この新素材の開発に着手したのはどのような動機からなのでしょうか?
そもそものお話からしますと、fabulaは、私が所属する東京大学生産技術研究所の准教授である酒井雄也先生の研究室から立ち上がったベンチャー企業です。酒井先生は「大学では企業がやらないような研究を」という考えのもと、私が研究室に入ったころから「食べられるセメントがあったら面白いよね」というアイデアをお持ちでした。当時から酒井研究室では、廃棄コンクリートと木粉を混ぜて成型する「ボタニカルコンクリート」の実現には成功していたので、その技術を応用するなかで生まれたのが、この「食べられるセメント」です。
―― ボタニカルコンクリートと「食べられるセメント」はどのような点が違うのでしょうか?
素材の乾燥、粉砕、プレスという3つの工程を経る点では、どちらも同じです。ボタニカルコンクリートの場合はコンクリート粉と木粉を混ぜて成型しますが、私が研究室に所属する前の実験で、この木粉を茶葉に置き換えて、きちんとセメントをつくることに成功していました。そこで今度は、コンクリート紛もなくして、茶葉だけでつくってみようということになり、「食べられるセメント」が生まれました。
―― 乾燥と粉砕は想像がつきますが、プレスというのはどんな作業なのでしょうか?
乾燥させ、ミキサーで粉砕した原料を型枠に入れて、熱と同時に圧力をかけていきます。たとえるなら、江の島の名物である「たこせんべい」に近いです(笑)。このホットプレスの技術は、実はすでに色々なところで使われていて、プラスチックやゴム、それから錠剤の成型もこの方法で行われているんです。そのため、このプロダクトの新規性は、やはり食品廃棄物を固めようとした点にあると思っています。これまで、そんなことを考えた人はいないはずなので(笑)。
―― まずは茶葉を使った実験からスタートし、実際にいろいろな野菜を試したわけですよね。
そうですね。白菜がコンクリートの4倍もの曲げ強度を発揮するものになるとは、僕たちも思ってもいませんでした。
―― なぜ白菜はそれほど強度が出るのでしょうか?
そのメカニズムについてはまだ検証中ですが、葉物の野菜は食物繊維と糖分のバランスがとてもいいのです。糖分が接着剤となり、食物繊維が補強材の役割を担うので、糖分が多すぎれば強度が落ちてしまうし、一方で食物繊維が多すぎるとうまく接着してくれない。白菜はそのバランスが理想的なのかもしれません。
―― fabluaでは、野菜のほかにコーヒーかすやアンパンなどの食材で成型したコースター、お皿なども開発していますね。これらのプロダクトは、実際に触れてみると想像していたよりも固くしっかりとしたつくりで、しかもほのかに原材料となっている食材の香りも感じられます。実際に事業化されて、思いがけない反応やニーズはありましたか?
実際に商品を手にしたお客さんからも「これが野菜でつくられているの?」と驚いていただけることは多いです。起業して改めて気づかされたこととしては、廃棄食材に困っている方々が、私たちが想定していた以上に大勢いたということがあります。
―― それは、食材の廃棄に困っている企業が多いということでしょうか?
ええ。たとえば千切りキャベツを切り続けるカット工場の場合、大きい工場だと野菜くずの廃棄のためだけにひと月で数百万円もお金をかけていたりするんです。そういった工場を複数持つ企業の場合、年間で数億円単位のお金を野菜の廃棄のためだけに払い続けていることになる。これは経済的にも環境的にも大きな負担です。そういった廃棄食材を私たちが買い取ったり、引き取ったりして新たなプロダクトにつくり変えることは、企業にとってもイメージアップにつながります。
―― 先ほど、酒井研究室では「大学では企業がやらないような研究を」という考えを大事にされているとおっしゃっていましたが、経済活動や実学に依拠しない研究スタンスでありながらも、結果として生み出されたこのプロダクトはSDGsの潮流に合致したものになっている点が面白いですね。
学生の頃からサークル活動でSDGsにかかわるようなことをしていたので、個人的な動機として環境問題に直接的にかかわる研究をしたいという想いはあったんです。酒井先生の「食べられるセメント」というアイデアは突拍子もないのですが、とても面白くて惹かれるものがありましたし、そこを起点として「天然資源を消費させるのではなく、循環させることで新たな材料がつくれるんじゃないか」と考えて今のfabulaの理念に至った、という感じでしょうか。でも、実は大それた主義主張がはじめからあってやっているわけではなくて、「このほうが世の中はもっとヘルシーになるんじゃない?」程度のシンプルな動機なんです。
沈む大地で過ごした3年間と静脈産業にかける想い
―― 学生時代からSDGsにまつわるサークル活動をされていたとのことですが、町田さんが環境問題に関心を持つようになったきっかけは何でしょうか?
小学校の3年生から6年生までの3年間をオランダで過ごしたのが大きいかもしれません。オランダではインターナショナルスクールに通っていたのですが、そこでは多様なルーツを持つ子どもたちが英語を共通の言語として共に学ぶんですね。授業も日本とはかなり違っていて、社会問題や異文化をテーマにした内容が多かったので、オランダでの経験は下地にあると思います。オランダの公園にある遊具って沈むんですよ。
―― 遊具が沈む?
オランダは国土の1/3が海よりも低い位置にあって、私が住んでいた地域も元は海だった場所を3~400年前の人たちが干拓してつくった土地なんです。海から水を抜いただけの砂浜のような大地に家や学校が建っている状態なので、公園や学校の校庭に新しい遊具が置かれて、みんなでワーッと遊ぶと、半年くらい経つころには明らかに遊具そのものが地面にめり込んで沈んでいるんです(笑)。たとえるなら、砂浜を歩くと足が沈むように……。そういう環境で育つと、理屈はわからなくても「遊具、沈んでってんな~」って子どもでも実感するじゃないですか。
―― 日本では想像もできないような状況ですね。
そうですね。でも、これは大人になって考えるとかなり切実な問題で、遊具が沈むということは当然家だって沈んでいくだろうし、海よりも低い位置にある街に住んでいると、何かの拍子に海水が堤防を越えてくるということも想像がつく。そういう日常を過ごしていれば、常日頃から環境問題は考えざるを得ないんです。
―― 実に切実でリアリティのあるバックグラウンドをお持ちだったんですね。そのような経験を経て日本に帰国し、東大で酒井先生の研究室に入られて、fabulaを立ち上げた、と。
ええ、でも実は私、東大にはもともと文系として入学していて、3年生に上がる時に理転して工学部の社会基盤学科に入っているんです。
―― 文系から理転するだけでも大変なのに、しかも東大ですよね。相当苦労されたのでは?
はい(笑)。高校で物理を履修していないものですから、大学の2年分どころか、高校3年分の理系科目もごっそり抜け落ちているところからのスタートでした。理転したばかりのころは、先生が当たり前のように黒板に書く数式すらも全くわからず、理系の友人に相談して高校物理の参考書を借りて自習する日々でしたね。
―― なぜそこまでして理系に移ろうと思われたのでしょうか?
それまで文系的な生き方しかしてこなかったので、頭の使い方が文系一辺倒になってしまうのが面白くないな、と思ったんです。それで、もともと街歩きや建築が好きだったこともあって、社会基盤学科への理転を決めました。
―― 今では酒井研究室でfabulaを立ち上げるまでにご活躍されているわけですが、文系学生から理系に移り、それまで数年間、あるいは数十年間この分野で研究してきた同級生や先生方とプロジェクトを進めていくには相当なハンデがありますよね。ひとつのプロジェクトを遂行していくなかで、町田さんが大切にされていることやコミュニケーションをとる際に心がけていることは何かあるでしょうか?
偉そうなことは言えないのですが、自分の立場で考えれば、素直であり続けるようには心がけてきました。知ったかぶりをしていると誰も教えてくれないことでも、素直に「わからないので教えてください」と言えば周りの人って助けてくれるものだと思うので。fabulaは小中の同級生2人に声をかけて一緒に立ち上げたのですが、彼らや酒井先生が親身になってくれるからこそ、やれているのだと思います。
―― fabulaは新素材を取り扱う気鋭のベンチャー企業として、さらにさまざまな業種と事業を行っていかれるのだと思いますが、今後はどのような展望があるのでしょうか?
最終的には既存のコンクリートやプラスチックに代わる素材として普及させるのが目標なので、今は法的な部分と実用性のハードルをクリアすべく、検討している段階です。まだ研究開発段階ではあるのですが、EXPO2025(大阪・関西万博)で「食べられるセメント」が建材として使用されることを目指して技術開発を進めているので、今はそれが大きな目標ですね。
―― fabulaという社名はラテン語で「物語」という意味だそうですが、町田さんのお話を伺っていると、廃棄されるごみが生まれ変わって新たな循環を生む、一連のストーリーを想起させられますね。
まさに、そんな思いを込めています。私たちが今取り組んでいる産業は、世間では「静脈産業」と呼ばれています。製造業などの製品を生み出す産業を社会の動脈とするのに対して、静脈産業は、廃棄物を処理、無害化する意味合いで使われることが多いです。しかし、静脈産業から生み出された商品に目を向けてみると、新聞紙をリサイクルしてつくられたトイレットペーパーは品質がとても悪かったりするし、それも「リサイクル商品だから仕方ないよね」という諦めを前提として受け止められています。
―― 確かに、地球環境に配慮したリサイクル品だから、多少安かったり使い勝手が悪くても許してしまおうという意識は少なからず消費者側にもある気がします。
私はそれがとてももったいないと思っているんです。静脈産業から生まれたプロダクトであっても、消費者のニーズや使い勝手まで考えて作られていていいはずですし、動脈産業の商品と同様に商品としてしっかりと流通できるものであってほしいなと。野菜の皮を無理して食べたくはないし、ふやけてしまう紙ストローを無理して使いたくはないですよね。静脈産業から生まれたプロダクトにも、もう少し選択肢が増えれば、押しつけがましくない消費として社会に提案することができるのではないかと。そんな思いもあって、fabulaという社名をつけました。
―― 最後になりますが、町田さんのお仕事の一番の面白さ、やりがいを教えていただけますか?
やはりゼロからイチをつくることが面白いと思っています。ないものを生み出して、そこに値段をつけるために、費やした労力を計算することはできますが、生み出したものの価値がどれくらいあって、お客さんが何と比較しているのか、そもそも比較されているのかどうかということを考える必要があります。その過程でいろいろな人に会えるのも面白いことのひとつです。特にこの会社をやっていると、農家さんや食品加工会社の方、さらには建築家やアーティストの方など、幅広いジャンルの方とお会いすることが多いんです。それは素材を取り扱うからこそなのかなと。いろいろなサプライチェーンに首を突っ込める面白さ。それは、私が扱うものがコンクリートではなく、「食」という大きな分野にかかわる素材だからなのかもしれません。
フードロス問題や環境問題にとどまらず、社会における真っ当な消費と循環の在り方を問いただすfabula。町田さん率いる同社がめざすのは、従来の「リサイクル」にはない“押しつけがましくない消費”の形です。近い未来、「食べられるセメント」でつくられた建築が立ち並ぶ街では、生産から消費、そして再生までの循環が当たり前のように人々の営みに根付いていることでしょう。
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