楽しい食卓に思いをめぐらせ、八列とうもろこしの歴史をつなぐ
北海道の一大農業地帯・十勝に、現在ほとんど栽培されていない「八列とうもろこし」を作り続ける農業者がいます。祖父の拓いた「川合農場」を継いだ川合拓男さんです。栽培するだけではなく、そのおいしさを食卓に届けることに情熱を注ぐ川合さんの思いを伺いました。
profile
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川合農場 代表
川合 拓男(かわい たくお)
十勝農業試験場に就職。3年の勤務後、実家の「川合農場」へ。26ヘクタールの農地に、八列とうもろこしのほか、小麦・大豆・ビート(甜菜)・馬鈴薯(じゃがいも)・スイートコーン・かぼちゃ・百合根・まさかりかぼちゃを栽培している。2015年より川合農場の三代目代表に就任。また、「スローフード・フレンズ北海道」の活動にも参加し、現在は十勝支部の代表を務めている。
栄枯盛衰の「八列とうもろこし」を栽培
―― 川合農場で栽培している「八列とうもろこし」。店頭ではほとんど見かけませんが、どのような特徴のあるとうもろこしなのでしょうか?
「八列とうもろこし」は、明治期から昭和初期にかけて、北海道で最も多く栽培されていたとうもろこしです。だんだんとスイートコーンに取って代わられ、昭和40(1965)年代にはほとんど栽培されなくなりました。その名のとおり、粒の列は八つ。一般的によく食べられているとうもろこしよりも細く、でんぷん質が多くて、食感はモチモチです。とうもろこしには、いろいろな品種があります。例えば、おなじみのスイートコーン(甘味種)。80〜90%が水分なので、みずみずしくて甘いです。それから、お菓子のポップコーンになる爆裂種。そして、フリントコーン(硬粒種)。これは、メキシコ料理のトルティーヤ(とうもろこし粉の薄焼きパン)に使われている品種です。「八列とうもろこし」は、フリントコーンの仲間に分類されます。ちなみに、札幌・大通公園の名物「とうきびワゴン」で売られていたのも、かつては「八列とうもろこし」だったそうです。
残念ながら、今は「八列とうもろこし」が市場に出回ることはありません。栽培している農家がほとんどないことも理由の一つですが、そもそも流通に向かないのです。それは、収穫すると一日で硬くなってしまうから。一般の人たちが八列とうもろこしを目にするのは、イベントなどで、焼きとうもろこしの販売があるときくらいですね。うちで栽培から製粉までしている「八列とうもろこし粉」は、5〜11月にオープンしているJAめむろの直売所「めむろファーマーズマーケット 愛菜屋」と芽室町観光物産協会の特産品販売サイト「めむろセレクション」で販売しています。
―― 栽培することになったきっかけを教えていただけますか?
芽室町や隣の帯広市、ワインで有名な池田町、そばの産地・新得町などがある十勝エリアは、畑作が盛んです。主に生産しているのは、畑作4品といわれる小麦・豆類・ビート(甜菜)・馬鈴薯(じゃがいも)。それ以外の農作物をつくろうという話が、JAめむろ青年部の中で常に持ち上がっていました。20年ちかく前のことです。当時の農政をめぐる情勢や、キャベツなど野菜の生産が増えていたことも影響していたと思います。大きなきっかけとなったのは、2005年に八列とうもろこしが「味の箱舟(アルカ)」に認定されたこと。「味の箱船」というのは、イタリアに本部を置くスローフードインターナショナルによるスローフード運動のプロジェクトの一つです。目的は、各地域の食の多様性を守ること。世界共通のガイドラインを基準に選定された、在来品種の農畜産物や伝統漁法で水揚げされる魚介類、加工食品などの生産と消費を支援するものです。
八列とうもろこしは、育てることはそれほど難しくありません。土地に根付いた作物は生命力が強い。病気を防ぐための薬剤をまいたことはないですね。でも、収穫のタイミングと流通させることが難しかった。収穫直後は透明でみずみずしいのですが、半日で黄色くなって、一日経つと硬くなってしまう。当時はまだ勉強不足で、スイートコーンと同じように食べるという考えしかなく、直売所でそのまま売っていました。八列とうもろこしのような硬粒種は、加工して食べるのが一般的だと知ったのは、あとになってからです。1年目はあえなく失敗。収穫はできたものの、評判が芳しくなくて……。でも、まだやれることがあると思い、再度トライすることにしたのです。2年目は、収穫から販売までの間の温度管理に気を配り、ドン菓子(ポン菓子。穀物を膨らませた駄菓子)の加工に挑戦して、前年の反省を生かしていろいろと工夫してみました。でも、JA青年部の出した結論は、八列とうもろこしの栽培は諦めるということでした。十勝で主流の大規模農業には向かないとの判断からです。
「八列とうもろこし」のおいしさを届けたい
―― なぜ、栽培を続けようと思ったのでしょうか?
一番の理由は、八列とうもろこしのおいしさを知ってしまったからです。焼いて食べると、本当においしい。根強いファンが多いのもうなずけました。おいしいのに、人間の事情で消えていく農作物がある。それに抵抗したかったのかもしれません。八列とうもろこしを栽培してみた2年間、多くのことを学びました。当初は、農場経営のアイテムとして導入できるかどうか、それしか考えていませんでした。でも、栽培から販売まで手がけるうちに、農作物が食卓に届くまでの流れを考えるようになったのです。それまでは、収穫して出荷すると、責任を果たしたという気持ちでした。
当時の農業は、まだまだクオリティより収量という考えに支配されていたと思います。そういう中で、八列とうもろこしを通して、生産者と生活者の間にある市場・運送業・小売業の仕組みにまで目が向くようになりました。流通の問題、つまり人間の事情で、どうしても栽培や販売を断念しなければならないこともある。それを含めて、食をとりまく世界を知れたことは、僕にとっての大きな収穫でしたね。生産したものを農協に出せばOKという、「生活者と農場の距離が離れ過ぎ」といわれた時代から、今はずいぶんと変化してきたと思います。収穫を楽しみに待ってくれている人たちや、まだ食べたことのない人たちに、八列とうもろこしを届けたいという思いは強いです。
―― 「八列とうもろこしのおいしさをより多くの人に届けたい」という思いが、原動力なのですね。ただ流通に向かないというのも事実です。川合さんはどのように八列とうもろこしを届けようと考えているのでしょうか?
まず、「八列とうもろこし粉」の製造は続けていきたいですね。製粉は、「スローフードフレンズ北海道」のメンバーでの発案で始めました。乾燥した粒を見せて、どうしようかと相談したところ、粉にすることを薦められたのです。そのころ、うちの畑で穫れた小麦を自家製粉して小麦粉にして売り出そうと、製粉機を購入したばかりでした。試しに八列とうもろこしも製粉してみたら、なかなか感触が良かった。これは商品化できると考えました。
実は、とうもろこしを生のままで焼いたり茹でたりして食べるのは、世界でも珍しいのです。多くの国では、乾燥させてから、お粥にしたりすりつぶして加工したりして食べます。明治期の日本でも、とうもろこしは保存食とされていたようです。こういう歴史を知ると、食っておもしろいと思いますよね。商品化の参考にしたくて、日本のとうもろこし粉事情も調べてみたのですが、当時は製造しているところがないようでした。いろいろなものの原材料になっているにも関わらず、国産とうもろこし粉はない。ここに勝機があると考えました。幸い、直売所や特産品販売サイトで評判でしたし、東京にあるタコス店からの発注もありました。ただ、「八列とうもろこし粉」でなければならない使い方をまだ提案できずにいるんですよね。これは今後の課題だと思っていて、今も試行錯誤を続けています。
食が育てる豊かな心と人生
―― 川合さんは「スローフード・フレンズ北海道」の代表でもあるんですよね。具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?
スローフード・フレンズ北海道は、スローフードインターナショナルの理念に共鳴した、食に対する感度の高い人たちのネットワークです。「きれいで、正しくて、おいしい」という食のキーワードがありますが、そういう世の中をつくっていく、守っていくためにできることを考えています。一つの料理がお皿にのっていることを想像してみてください。私たちはそのお皿の外の世界をどれだけ意識しているでしょうか。料理ができて食卓に運ばれるまでの過程にどれだけの人が携わっているか、その過程をどれだけ知っているか。そのことを問いかけ、常に意識することがよりよい暮らしにつながるといっているのが「スローフード」。そういうことを考えながら、身近な人たちと楽しく食事をすることが大切なのです。心を豊かにして、よい人生を送る。そのスタイルを求めていくのが「スローライフ」であり、それを伝える活動をしています。
活動としては、ここ数年は、食に関する映画の上映会をよく行っていますね。映画にまつわる料理を料理家に作ってもらい、食事会を開催することもあります。わかりやすく受け入れられやすい伝え方を模索して、映画にたどり着きました。活動の成果といえるかどうかわかりませんが、農業界はいろいろ変わったと思います。特に若い世代では、生活者のことまで見えている人、自分の生産する作物のクオリティを意識している人が多いですね。僕が20代だったころに比べて、自分で考えてアクションを起こす人が増えていると思います。情報のスピードが変化したことも影響しているかもしれません。十数年前は、渡航費と滞在費をかけて海外の農業機械展に行ったものですが、今は行かなくてもインターネットで直にやりとりできますからね。いい時代になったと思います。
生産者と生活者の良好な関係を目指して
―― 「地元の農産物を世界にPRしたい」「地元の農産業に貢献したい」と考える若者は多くいます。その夢を実現するためには何が必要でしょうか?
時間の許す限り、いろいろな経験を積むことが大切です。ゼロからは何も生まれませんから。いろいろなことに興味をもってチャレンジすることが、あとから効いてくると思います。若いからこそ怖いもの知らずで行動できる。40歳、50歳になったら自重すべきことがありますから、若さを武器にして許される時期にいろいろやってほしいですね。行っていないところに行ってみる、会いたい人に会ってみる、わからないことは聞く。単純なことだけれど、それは財産になると思います。
―― 最後に、農場と社会、農場と生活者の関わり方について、川合さんが思い描く理想の姿をお聞かせください。
生産者と生活者のきちんとした関係性が成り立つことが理想ですね。私たちが作ったものの価値は、食べた人を元気にできるか、楽しませられるかだと思います。世界にはここで栽培した農作物を食べる人がいて、その人が仕事をして作り出すものがあって、それを利用する人がいて……。そうやって社会がまわっている。大げさかもしれませんが、その大本に農業者がいると私は思っています。そう考えると、農業はとても尊い仕事だと思いますし、責任重大なんですよね。だからこそ、生産者は生活者を意識しながら農作物を作り、必要な情報を発信して、その価値を知ってもらう必要がある。そして、価値を認めてくれた生活者には、自分たちの作ったものを食べて、元気に力強く生きてほしい。その循環が、社会がより良くなることにつながると信じています。
「八列とうもろこし」と出会い、農業をとりまく世界に目が向くようになったという川合さん。生活者の食卓に思いをめぐらせ、人の営みを根底から支える農業に誇りをもって仕事をしています。「八列とうもろこし」のおいしさを広める挑戦や食を通して心と人生を豊かにする生き方を伝える活動は、生産者と生活者の理想の関係をつくりあげていくことでしょう。
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