美意識や慣習から起こるビタミンD不足
今日の我が国は、飽食ともいえる食の豊かさを享受しています。しかし、その一方では未だに特定の栄養素の摂取量が不足していることも事実です。近年、ビタミンDが不足して骨の発育が障害される「くる病」の赤ちゃんが増えているのですが、この背景には、偏った栄養の知識や情報の不足などとともに、日本人特有の美意識や慣習ともいうべき要因が潜んでいます。
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長崎大学大学院 准教授
増山 律子(ますやま りつこ)
専門はカルシウム・骨代謝研究。細胞内外のカルシウムの動きを決定する食品成分の機能と、骨が作り壊されるしくみとの関連性を調べ、骨の健康維持のための栄養のあり方を追及している。好きな食べ物は毛ガニ。
美白女子はビタミンD不足になりがち!?
ビタミンDは食事から栄養素として摂取するだけでなく、日光(紫外線)にあたるとコレステロールを材料にして皮膚で作られることをご存じでしょうか? 世界各国の様々な地域や民族を対象に、体内のビタミンD量と紫外線量との関連性を調べた興味深い調査研究があります。これによると、アラビア半島の国々など体全体をすっぽり覆う着衣を纏う習慣のある地域では、人々は日差しが強く紫外線が降り注ぐ環境に暮らしているにもかかわらず、ビタミンD不足が深刻な問題となっています。衣服が紫外線を遮断し皮膚でのビタミンD合成量が少ないためです。
もっとも、紫外線は皮膚の日焼けやシミを増加するだけでなく、弾力性を維持するコラーゲンの合成を障害するので、しわやたるみの原因ともなります。この忌々しい紫外線、美白大国日本の女性としては完全にブロックしたいところ。日焼け止めをしっかりと塗り、帽子をかぶり、完全防備で外出するという方も多いですよね。実はこの日焼け対策の努力によって、きれいな肌が守られる代わりに、折角の天の恵みを生かしたビタミンD作りをないがしろにしているかもしれないのです。
子どもの丈夫な体は、太陽からつくられる?
成長期の子どもにとっても、ビタミンDは体を創り上げるための重要な栄養素です。カルシウムの吸収効率を増加し、骨の成長を促す作用があります。「ビタミンDは魚類やシイタケ、きくらげなどから摂ることができます」と言うのは簡単ですが、毎日のように魚料理を食べることは意外と難しいですし、厄介なことにキノコは子どもが嫌いな食材の定番だったりします。
食事からの不足分は皮膚で合成して補うことがでるのは、ビタミンDならでは。戸外で遊び、適切な量の日の光を浴びて皮膚でのビタミンD合成を促すことが、丈夫な骨づくりには効果的なのです。そして、これを実行するのはさほど困難ではなく、日中に15分間程度屋外で活動すればOK。ただし、南北に長い日本列島では日照時間の地域差が大きく、場所と時期によっては皮膚からのビタミンD合成では必要な量を確保することは困難なケースも。やはり食事とのバランスが重要です。
お母さんのビタミンD不足は、赤ちゃんにとって危機的状態
妊娠中や授乳中の女性にとっても、ビタミンD不足は深刻な問題のひとつです。妊娠中や授乳中はビタミンDの必要量が増加するため、お母さんは慢性的な不足状態に陥りやすいのです。すると、これといった自覚症状も無いまま、授乳した赤ちゃんにビタミンD不足は受け継がれてしまいます。当然ながら、赤ちゃんに必要なビタミンDの量を満足させることはできません。成長が盛んなこの時期のビタミンD不足は骨の発達不全を引き起こします。
母乳は栄養素以外に免疫機能を助ける成分など、人工乳では代替できないものを含んでいますし、授乳ならではのスキンシップにより育まれる安らぎは特別なものでしょう。母乳育児が推奨される理由は他にも沢山あるのですが、そもそも我が国は母乳育児に対する意識は高く、近年では完全母乳の割合はむしろ増加しています。つまり、赤ちゃんのビタミンD不足のリスクも高まるのです。赤ちゃんの健康を守るには、お母さんがしっかりと自分自身の栄養管理欠かせませんが、母乳にこだわらず、栄養がバランスの良く配合された乳児用調整ミルクを上手に利用することも、選択枠のひとつに入れてみてもいいかもしれません。
個人の“食”リテラシーが健康への近道
世の中には「栄養」「食」にまつわる情報や商品が氾濫しています。日常生活の一部であるので、気軽に試しやすく、薬ではないから手に入れやすい。だからこそ、個人がリテラシー(科学的な事実やメディアからの情報を正しく解釈して意思決定を行う)を持ち合わせ、自らの健康を守る意識を高めたいものですね。
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